米中対立の先鋭化、新型コロナウイルスの感染拡大による世界経済のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速化、国内半導体工場の火災などによって、世界的に半導体の不足が深刻だ。その結果、シリコンウエハーなど、半導体の生産に用いられる部材の分野でも需給のひっ迫が鮮明化している。
その状況下、信越化学に次ぐシリコンウエハー世界第2位のSUMCOの事業運営に注目したい。現在、世界最先端の半導体生産技術の確立を強力に進めるファウンドリー世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は、SUMCOなどのウエハー創出力をより必要とし始めた。
つまり、SUMCOのモノづくりの力は、世界最先端の半導体の生産体制の確立と強化に取り組むTSMCにとって不可欠だ。SUMCOはそうした要請に応えつつ、より高純度かつ高付加価値のシリコンウエハーの供給者としての世界的な地位の確立を目指している。同社がどのように競争優位性の向上に取り組むかに関して、より多くの注目が集まるだろう。
深刻な世界の半導体不足
現在、世界的に最先端から汎用型まで、半導体の不足が深刻だ。その要因の一つとして、2019年5月以降、トランプ前政権が中国の通信機器大手企業の華為技術(ファーウェイ)への制裁を発動し、強化したことは大きい。ファーウェイは米国の生産技術などを用いて生産される半導体の調達が困難になると先行きを警戒し、TSMCなどからの半導体調達を急いだ。ファーウェイのように米国の規制や制裁の対象になるのではないかと今後の展開を恐れた中国企業も、TSMCや韓国サムスン電子などからの半導体調達を急ぎ、台湾と韓国のファウンドリー企業の生産ラインがひっ迫し始めた。
それに加えて、コロナ禍の発生は、世界全体での半導体需要を押し上げた。感染の拡大の結果、世界全体でDXが加速し、現時点で最先端である回路線幅5ナノメートルの半導体が用いらるスマートフォンなどIT機器の需要が高まった。それに加えて、汎用型の半導体が使われているデジタル家電の需要も高まった。その上に、自動車のペントアップディマンドの発生が上乗せされ、世界的な半導体の需給ひっ迫が鮮明化した。さらに、2021年2月のテキサス州寒波によるサムスン電子の工場の被災と、翌3月のルネサスエレクトロニクス那珂工場での火災が発生した。台湾の水不足の影響も懸念される。
半導体の生産ラインが一度停止すると、操業が正常化するには4カ月程度の時間がかかる。多くの企業が半導体の生産をTSMCに求め、世界全体で半導体の不足が深刻だ。TSMCは車載半導体の増産に向けて中国南京工場の生産ラインを増強し、2023年の量産を目指す。また、台湾のファウンドリー大手である聯華電子(UMC)も同国内の工場に新ラインを設置し、2023年のライン稼働を目指している。逆に言えば、新しい半導体生産ライン・設備の稼働には1~2年の時間がかかる。当面、世界的な半導体不足は続くだろう。
その結果、シリコンウエハーの需給もひっ迫し始めた。口径別にみると、200㎜のウエハーは車載用、家電など民生機器向けの半導体生産の増加から供給が不足している。300㎜のウエハーに関しては5Gやデータセンタ向けのチップ生産の増加に供給が追い付いていないようだ。
堅実な姿勢で事業運営に臨むSUMCO
その状況下、SUMCOの経営陣は先行きを慎重に考えつつ、成長のための投資など、新しい取り組みを実行する機会を探っている。総合的に考えると、同社は、世界の半導体市況の展開などを見極めつつ、競争力強化の方策を慎重に検討している。その姿勢は堅実だ。以下ではその点を確認しよう。
需給がひっ迫すると、企業経営者の心理は、投資を増やし事業体制を強化する方向に傾きやすい。それに対して、SUMCOは投資のリスクを慎重に評価しつつ、生産能力強化などへの取り組みを進める意向だ。
その一因として、工場建設などにかかる初期コストは増大傾向にある。工作機械など各国の生産活動を支える装置への需要は高まっている。それに加えて、米国など世界的な戸建て住宅需要の高まりによって、石油化学関連の資材価格も高まっている。設備投資の実行によって持続的に収益性を向上させることが可能か否かは見通しづらい。
半導体市況の変化の影響も軽視できない。2017年から2018年にかけて、世界経済全体ではクラウドコンピューティングサービスの需要増大や、それに伴うビッグデータ分析などを目指してデータセンタの建設が増え、ロジック、メモリの両分野で半導体の需要が大きく高まった。しかし、2018年以降は米中対立などによって半導体産業の成長は鈍化した。その結果、半導体メーカーの業績は悪化しSUMCOの収益も減少した。
短期的に半導体不足は続くだろうが、中長期的な展開には不確実性がある。少し長めの目線で考えると、TSMCが生産ライン増強を行うことや日米の半導体工場の正常稼働によって、汎用型の半導体を中心に、徐々に需給ひっ迫は解消に向かう可能性がある。それがSUMCOの収益に与える影響は軽視できない。
その一方で、TSMCが開発を進める3ナノ、さらには2ナノメートルの最先端の半導体生産に関しては、すでにアップルなど米IT先端企業からの受注が入っているようだ。つまり、汎用型と異なり、最先端の半導体生産ラインに関してはIT先端企業による争奪戦が続く可能性がある。このように考えると、SUMCOの事業戦略の根底には、最先端の半導体生産に不可欠な超高純度かつ高付加価値のウエハー創出能力を高めつつ、生産コストの低減を目指す考えがある。
SUMCOに求められる高品質、高付加価値のモノづくり
その戦略に基づいて事業運営を進めつつ、同社トップは新工場の建設の可能性に触れ始めた。それが示唆することは、シリコンウエハー値上げ交渉(高付加価値化)が進みつつあることだ。
SUMCOの売り上げに占めるアジア地域の割合は60%にまで高まった。最先端の半導体生産技術の確立をひた走るTSMCなど台湾半導体メーカーにとって、SUMCOは不可欠なサプライヤーだ。信越化学も同様だ。
値上げの実現は、フリーキャッシュフローを増加させ、財務内容を向上させるだろう。それは、設備投資や研究開発体制の強化を支え、企業は、より高品質、かつ、高付加価値のモノづくりを目指すことができる。SUMCOトップが新工場の建設の可能性に触れ始めたのは、そうした事業環境が実現しつつあるとの考えがあるからだ。
見方を変えれば、SUMCOは競合企業との差別化強化のチャンスを迎えている。台湾では半導体部材メーカーが工場の新設や買収を行い、事業体制の拡大と価格競争力発揮を目指している。中韓の部材メーカーも基本的には価格競争力重視だ。その一方で、SUMCOと信越化学のシェアは低下していない。その状況下で値上げが実現すれば、SUMCOは事業運営の体制を強化するための多様な方策を実行しやすくなる。
今後、最先端分野の半導体生産をめぐって米中の対立は激化する可能性が高い。最先端の半導体供給に関してTSMCの重要性は高まるだろう。日本企業がそうした環境の変化に対応するためには、微細かつ高純度の素材供給力に磨きをかけ、世界市場における競争優位性を高めなければならない。中長期的な世界経済の展開を考えた場合、よりニッチな分野での競争力発揮を目指す本邦企業は増えるだろう。
慎重に新しい工場の建設などの可能性を模索するSUMCOはそうした企業の代表格だ。現在、そうした事業運営方針を示す日本企業の増加が、新型コロナウイルスの感染が厳しい中での国内の景況感を下支えしている。SUMCOが、世界経済にとって不可欠な半導体部材供給者としての競争力に磨きをかけることを期待したい。そうした企業の増加が日本経済の安定に無視できない影響を与えるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)