2020年の秋口以降、世界経済全体で半導体不足が深刻だ。需要に対応すべく、世界最大のファウンドリーである台湾積体電路製造 (TSMC)は、最先端の回路線幅5ナノメートルの半導体製造に加え、次世代、次々世代の製造ラインの確立や、汎用型の車載半導体の生産能力を強化している。2021年の設備投資額は過去最高の300億ドル(約3.3兆円)に達する。同社の設備投資はさらに積み増される可能性もある。自動車からIT、家電など産業界全体で半導体が足りない。
それは、日本の半導体の製造装置や半導体関連企業にとって、大きなビジネスチャンスが到来しているということだ。日立製作所から日立化成を買収した、昭和電工もこの恩恵の波に乗りつつある。昭和電工は、“小が大を飲む”と言われた日立化成の買収によって、最先端の半導体製造に不可欠な部材(素材)供給者としての地位確立に取り組んでいる。徐々にその取り組みは実を結びつつある。短期的な世界経済の展開を考えると、半導体の需給がひっ迫した状況が続くだろう。それは、同社が先端分野への選択と集中と、財務内容の改善を進めるチャンスだ。
先端分野での体制強化に取り組む昭和電工
昭和電工は既存分野を中心とする資材メーカーから、世界最先端の高付加価値の素材メーカーへの変身に取り組んでいる。2019年に同社が日立化成を買収したのはそのためだ。近年の昭和電工の株価や業績の推移を確認すると、同社が日立化成買収にかけた決意の強さがわかる。
2016年後半から2018年秋口まで、昭和電工の株価は上昇した。それを支えた要素は3点指摘できる。まず、中国共産党政権が景気対策としてインフラ投資を実施したことが、昭和電工の黒鉛電極と、有機材への需要を押し上げた。鉄道や道路の建設には鉄鋼が不可欠であり、電炉で鉄スクラップを溶解して鋼材を生産するために用いられる黒鉛電極の需要が伸びた。昭和電工の黒鉛電極は世界トップシェアだ。また、中国のインフラ投資は建設資材の調合などに用いられる酢酸ビニルなど有機材の需要も押し上げた。
それに加えて、世界的な半導体の需要拡大に伴ってフッ化水素などの販売も増えた。その背景には、経済のデジタル・トランスフォーメーションの進行によって米国のIT先端企業などがデータセンターの建設を増やしたことがある。
しかし、2018年秋以降、同社の株価は下落した。中国の景気減速懸念に加えて米中の通商摩擦が激化し、昭和電工の中国事業の成長鈍化懸念が高まった。2019年7月には日本政府が国際社会への安全保障上の責任を果たすために韓国へのフッ化水素など半導体製造に用いられる特定3品目の対韓輸出手続きを厳格化した。
その状況は、昭和電工の経営陣に他社が模倣困難なモノづくりの力を引き上げることの重要性を強く認識させた。それが半導体の生産に欠かせない研磨剤や封止材に加えリチウムイオン電池関連の素材分野で競争力をもつ日立化成の買収につながった。
国際的な半導体の業界団体である「SEMI」によると、2020年の世界全体での半導体材料の販売額は前年比4.9%増の553億ドル(約6兆円)だった。その要因として、コロナ禍によるDXの加速は大きい。地域別にみると、台湾が最大の需要地であり、それに次いで中国の需要も拡大している。それは、昭和電工が先端分野の素材メーカーとして競争力を発揮するために重要だ。
TSMCなどが求める昭和電工の半導体部材
その状況下、昭和電工は日立化成買収の成果を発揮し始めている。2020年12月、昭和電工傘下の昭和電工マテリアルズ(旧日立化成、以下では昭和電工として表記)は台湾での生産能力を増強すると発表した。具体的に同社は、シリコンウエハー(半導体の基板)を磨き回路などを平坦にするために用いられる研磨材料(CMPスラリー、CMPとはケミカル・メカニカル・ポリッシングの略称)や、生産されたチップを電子機器とつなぐための配線を整備するために用いられる樹脂部材などを増産する。
注目したいのが、昭和電工が、世界最大のファウンドリー企業であるTSMCの本拠地である台湾に投資を行うことだ。その背景には、TSMCがシリコンウエハー上に半導体を形成するプロセス(前工程という)に加え、完成した半導体をウエハーから切り出して回路をつなぎ、樹脂ケースに入れるプロセス(後工程)分野での事業体制を強化していることがある。
世界の半導体産業では、設計・開発と生産の分離が加速し、生産面(前工程)ではTSMCが最先端から汎用型までの分野で独走している。その上で、スマホメーカーなどが求めるサイズ、電力消費性能、演算とメモリの性能を満たすために、メモリや中央演算装置(CPU)を盾に積み重ねたり、横につないだりして、高性能なプロセッサが生産される。
TSMCはファウンドリー事業において回路線幅の微細化を推進し、世界トップの地位を強化している。それに加えて同社は、各種半導体の切り出しや配線、パッケージングなどを行う後工程にも参入し、メモリやCPUを縦に積み上げる技術を確立している。それによって、TSMCはアップルなど生産を委託したIT先端企業の要求により良く対応し、半導体メーカーとしてのシェアを拡大させたい。
そのために、日本の高純度かつ微細な素材創出力が必要とされている。台湾で昭和電工が研磨剤や半導体の積層に用いられる樹脂の生産能力強化に努めているのは、TSMCなどからの需要拡大に対応するためだ。さらに日本にTSMCが3次元封止に用いられる素材の研究拠点を設けることは、昭和電工など日本企業への期待の裏返しといえる。
重要性増す先端分野への経営資源再配分
韓国でも昭和電工はCMPスラリーの工場を建設する。また、中国でも昭和電工は、半導体など電子機器製造に不可欠な高純度ガスの事業拠点を設けた。世界の半導体供給に大きな影響を与える台湾、韓国に加え、半導体などIT先端分野での競争力発揮を目指す中国からも昭和電工は必要とされている。中国の台頭を阻止するために、米国企業も昭和電工の素材技術をより重視するはずだ。それに加えて、環境技術として重要性が一段と高まっている自動車の電動化などのために、昭和電工はバッテリー関連の素材創出に取り組んでいる。それらは、昭和電工が磨いてきた石油化学関連の技術と、買収によって取り込んだ半導体部材の技術の両面で、同社が先端分野の素材メーカーとしての競争力を発揮しつつあることを示唆する。
今後、昭和電工がITや環境をはじめとする先端分野の素材・部材メーカーとしての競争力をさらに高めるためには、在来分野の経営資源(ヒト、モノ、カネ)を、成長期待の高い分野にダイナミックに再配分し、確固たるシェアを手に入れることが大切だ。いつまでも半導体の需給がひっ迫し、価格に上昇圧力がかかる状況が続くわけではない。どこかのタイミングで半導体の需給ひっ迫は解消し、半導体メーカーや関連産業の業績には相応の影響があるだろう。
昭和電工に求められることは、世界的な半導体不足を追い風にして先端分野での研究開発と生産技術を確立し、収益性と財務内容を強化することだ。それが、市場環境の変化への対応と、次世代の高速通信規格である“6G”関連の素材やTSMCが実現に取り組む次々世代の半導体の回路微細化に必要な部材需要の取り込みに欠かせない。
このように考えると、現在の状況は、昭和電工が半導体の前工程と後工程、および環境分野への“選択と集中”を進める数少ないチャンスだ。同社の収益、財務力の改善と向上のために、同社経営陣が取り組むべき分野を明確に組織全体に示し、一人一人の集中を引き出して事業構造の改革に取り組むことを期待したい。そうした積み重ねが企業の持続的な成長を支える。同じことが多くの日本企業にも当てはまるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)