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アップル&グーグル、スマホ新法を「実質無効化」する巧妙な罠…アプリ事業者が陥る「自由化の地獄」

2025.12.28 2025.12.28 00:03 企業

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●この記事のポイント
・スマホ新法で期待された「外部決済の自由化」は、アップルとグーグルが新たな手数料を課すことで形骸化の危機にある。形式的な対応の裏で、競争促進という法の理念が問われている。
・外部決済には15~20%の新手数料と決済代行費用が重なり、結果的に従来より高コストとなるケースも発生。アプリ事業者からは「自由化どころか改悪」との反発が強まっている。
・公取委OBは「文言上は合法でも実質は別問題」と指摘。巨大ITに法の解釈を委ねるのか、日本が実効性ある競争ルールを貫けるのか、その覚悟がいま問われている。

 2025年12月、日本のデジタル競争政策は歴史的な一歩を踏み出した。アップルとグーグルという巨大ITプラットフォーマーによる“アプリ流通と決済の独占”にメスを入れる「特定スマートフォンソフトウェア競争促進法(通称:スマホ新法)」が全面施行されたのだ。

 長年、アプリ事業者は両社が運営するApp Store、Google Playを通じてしかアプリを配信できず、アプリ内課金やデジタルコンテンツ販売についても、原則として両社の決済システムの利用を強いられてきた。その対価として徴収される手数料は最大30%。業界では半ば自嘲気味に「アップル税」「グーグル税」と呼ばれてきた。

 スマホ新法は、こうした構造を「合理的でない技術的制約」「過度な金銭的負担を課す行為」として問題視し、外部決済への誘導やリンク設置を認めることで、競争環境を是正する狙いがあった。

 市場には、「ついに30%時代が終わる」「アプリ価格が下がり、ユーザーにも還元される」という淡い期待が広がっていた。

●目次

突きつけられた現実――巧妙な「新・手数料」のカラクリ

 しかし、その期待は、両社が公表した対応策によって一気に冷やされる。確かに形式上、アップルもグーグルも、アプリ内から自社サイトへのリンク設置を認めた。

 だが、その“自由”には高い代償が伴う。

 アップル:外部決済に誘導した売上に対し、15%の「ストアサービス料」を徴収
 グーグル:同様に、外部誘導に対し 最大20%の手数料 を新設

 さらに、外部決済を使えば、Stripeなど決済代行会社への手数料(約3~4%)も別途発生する。

 結果として、外部決済の総コストが20%超に達し、従来のアプリ内決済(特に小規模事業者向けの15%レート)を上回るという逆転現象すら起きている。

 ある国内ゲーム会社の幹部は、こう吐露する。

「自由化されたはずなのに、外に出るほうが高くつく。これでは“選択肢を与えた”というポーズにすぎず、実態は何も変わっていない」

なぜ「骨抜き」と言われるのか――実質的に奪われた選択権

 スマホ新法の核心は、「選択の自由」をアプリ事業者に取り戻すことにあった。だが、今回の対応策は、その理念を巧妙に空洞化させているようにも見える。

 外部決済を導入するには、
・UI変更
・利用規約の整備
・カスタマーサポート対応
といった追加コストと手間がかかる。

 それにもかかわらず、手数料負担が下がらない、あるいは増えるのであれば、合理的な経営判断として「従来どおりストア内決済に留まる」しか選択肢は残らない。

「法律は“外部決済を認めよ”とは書いていますが、“手数料をゼロにせよ”とは書いていません。問題は、その水準が『合理的』かどうか。実質的に選択権を奪っていると評価されれば、法の趣旨に反する可能性があります」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)

これは「法への反逆」か、「企業の正当な権利」か

 もっとも、アップルやグーグルの対応を、感情的に「違法」「暴挙」と断じるのは早計だろう。両社は一貫して、今回の措置を「プラットフォームの価値に対する正当な対価」だと説明している。

 App StoreやGoogle Playは、単なる“置き場”ではない。セキュリティ審査、不正課金対策、世界規模の集客力、開発者向けツールの提供など、巨大な投資と運用コストの上に成り立つインフラである。外部決済を選択したとしても、その価値の一部を享受している以上、一定の手数料を課すのは合理的――これが両社の論理だ。

 確かに、スマホ新法は「外部決済手数料をゼロにせよ」とは定めていない。法律が禁じているのは、あくまで「合理的でない技術的制約」や「過度な金銭的負担」である。

 問題は、その“合理性”と“過度性”を、誰がどう判断するのか、という点にある。この点について、元公正取引委員会幹部は次のように語る。

「今回の対応は、法律の文言には形式的に適合しているが、理念に沿っているかは別問題です。スマホ新法が本当に問うているのは、外部決済を“禁止しているか”ではなく、事業者が合理的に選択できる状況が確保されているかという実質です」

 とりわけ争点になるのが、「新たに設定された手数料水準の妥当性」だという。

「アップルやグーグルは『プラットフォームの価値への対価』と説明するでしょう。しかし、外部決済を選んだ場合に、その価値がどこまで提供されているのか。15%や20%という数字が、原価やリスクに照らして妥当なのかは、精査の対象になります」

 もっとも、すぐに強硬措置が取られる可能性は高くない。

「排除措置命令や課徴金に踏み切るには、相当な立証が必要です。まずは実態調査やヒアリングを重ね、“グレーゾーン”をどう評価するかを慎重に判断することになるでしょう」

 ここで重要なのは、この問題が単なる一企業の手数料設定にとどまらない点だ。

「これは、巨大プラットフォームが新しい法律の趣旨をどう解釈し、どう振る舞うのかという“前例づくり”です。ここで事実上の骨抜きが許されれば、今後どんな規制を作っても、同じことが繰り返されかねない」

欧州DMAとの比較が突きつける、日本の覚悟

 実際、欧州ではより踏み込んだ対応が進んでいる。デジタル市場法(DMA)の下で、アップルは代替アプリストアの容認や外部決済の自由化を求められ、それに抵抗する姿勢が「悪質」と判断されれば、巨額の制裁金が科される可能性がある。

 日本のスマホ新法は、DMAと比べれば制裁色は弱く、「対話と是正」を重視した設計だ。だがその分、執行が腰砕けになれば、“作っただけの法律”になるリスクも抱えている。

 今回の「新手数料」が黙認されるのか、それとも是正を求められるのか。その判断は、日本が巨大ITとどう向き合う国なのかを映す試金石となる。

置き去りにされる消費者と、日本のデジタル競争力

 今回のスマホ新法を巡る一連の動きは、「アップルやグーグルが法律を守っているかどうか」という単純な善悪論では片付けられない。むしろ浮かび上がったのは、巨大プラットフォームが“法の趣旨”をどう解釈し、その解釈が事実上のルールになってしまう現実である。

 形式的には外部決済は解禁された。だが、実質的にコストが下がらないのであれば、アプリ価格が下がることもなく、消費者が恩恵を受ける場面は限られる。スタートアップや中小アプリ事業者は、結局プラットフォームの中に留まり続け、「デジタル小作人」の構図は温存されたままだ。

 今回の対応は「違法」と断じるにはグレーだが、規制の理念を空洞化させる危うさをはらんでいる。ここで是正が行われなければ、「法律は作られても、実質は変わらない」という前例が刻まれることになる。

 それは、単に一つの業界の問題にとどまらない。日本が今後、AI、データ、デジタルサービスといった分野で競争力を保てるのか、あるいは巨大プラットフォームに“解釈権”を委ねる国であり続けるのか――その分水嶺でもある。

 規制を作ること自体が目的ではない。規制の趣旨を、現実のビジネスの現場でどう機能させるかが問われている。

 スマホ新法は、牙を抜かれた象徴で終わるのか。それとも、対話と是正を積み重ねながら、日本流のデジタル競争ルールを形作る第一歩となるのか。

 巨大ITに対し、政府と当局がどこまで踏み込む覚悟を持てるのか。その答えは、これからの運用と判断によって、はっきりと示されることになる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)