「アップルがAI開発で出遅れている」という誤解…そもそもグーグルやOpenAIとは“目指すゴール”が異なる

●この記事のポイント
・AI開発の領域においてアップルが出遅れているといわれている
・アップルはオンデバイス処理やプライベートクラウドAIを軸に、ユーザーのプライバシーを守りながら体験を設計
・ChatGPTやGeminiのような汎用クラウド型モデルとは異なるアプローチを採用
今月に「GPT-5」「GPT-oss」を発表して話題を呼んでいるOpenAI、「Gemini」の新機能を相次ぎリリースするグーグル、日本企業の間でも急速に普及している「Microsoft Copilot」を手掛けるマイクロソフト、「Llama」などに巨額の投資をするメタなど、大手テック企業による競争が熾烈化するAI開発の領域において、アップルの存在感が薄いといわれている。昨年以降、iPhoneなどアップル製品で順次リリースされている生成AI「Apple Intelligence」への評判はさまざまで、AI機能を強化した音声アシスタント「Siri」のアップグレード版のローンチも遅れているとされる。今年に入って以降は、主要なAIエンジニアの退社が相次いでいるという報道や、SiriにOpenAIやアンソロピックの技術を活用することを検討しているという報道も出るなど、AI開発に苦戦しているという印象を与える情報が目立つようになっている。スマートフォン市場では世界を制したアップルは、実際のところAI開発に苦戦しているのか。また、苦戦しているとすれば原因は何なのか。専門家への取材を交えて追ってみたい。
●目次
「LLM公開競争」には参加していない
毎年秋恒例のiPhone新商品の発売。ネット上では今年の新作「iPhone 17」の発売日をめぐってさまざまな情報が飛び交い期待が高まっているが、そんなアップルをめぐってここ数年、指摘されているのがAIモデル開発の遅れだ。実際のところ、特段に遅れている状況なのか。システムエンジニアでライターの伊藤朝輝氏はいう。
「OpenAIやグーグル、メタが大規模なLLMを次々とリリースしているのに対し、アップルは長らく独自モデルを外部に公開してきませんでした。そのため、外部からは『出遅れている』と見られがちです。ただ、実際には技術力の不足というより、戦略上の違いが大きいと考えられます。アップルは、他社のようにAPI経由やクラウド上でLLMを提供するのではなく、iPhoneやMacといった自社デバイス上で安全に動作させることを重視しています。Apple Intelligenceとして展開しているように、オンデバイス処理やプライベートクラウドAIを軸に、ユーザーのプライバシーを守りながら体験を設計しているのです。これは、ChatGPTやGeminiのような汎用クラウド型モデルとは明らかに異なるアプローチです。つまりアップルは、いわゆる『LLM公開競争』には参加しておらず、そもそも異なるゴールを設定しているという印象です」
Siriの評判がイマイチといわれることもあるが、それほど使い勝手や性能はイマイチなのか。
「Siriが『使えない』と感じられてしまう背景には、複数の要因があると考えられます。まず、日本語対応においては語順や敬語、曖昧な表現への理解力が英語と比べてまだ十分とは言えません。たとえば『これ、あとで教えて』といった曖昧な命令に対して、意図通りの応答が得られないことが多いのです。
Apple Intelligenceの登場により、Siriの日本語処理や文脈理解は改善されつつあります。しかし、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)と比べると、自然な対話や柔軟な応答という点でまだ差があります。そのため、こうしたLLMを使い慣れているユーザーにとっては、Siriの一問一答的なやり取りや、『Webで検索します』といった応答が物足りなく感じられるのは無理もありません。
アップル製品自体の完成度が高いために、Siriの古さや限界が余計に際立って見えるという側面もあります。実際には、音声処理やプライバシー設計といった『見えにくい部分』での進化も続いていますが、『時代の期待値にまだ追いついていない』という印象は拭えない状況です」(伊藤氏)
「他社技術をアップル流の体験として溶け込ませる」手腕こそが、アップルの強み
そもそも、アップルは自前で「LLM Siri」のようなLLMを開発する必要があるのか。SiriなどのAI機能に他社のLLMを採用したとしても、アップルの競争力には大きな影響はないのではないか。
「短期的には、ChatGPTのような外部LLMを活用することで、アップルは十分に競争力を維持できると考えられます。実際、現在のApple Intelligenceでは、文章生成や校正の場面でChatGPTをOSレベルからシームレスに呼び出せるようになっており、ユーザーは特に意識せずにその恩恵を受けられます。この『他社技術をアップル流の体験として溶け込ませる』手腕こそが、アップルの強みです。重要なのは『どのLLMを使うか』ではなく、『それをどう体験として提供するか』なのです。
ただし、長期的にはアップル自身がLLMを設計・制御できる体制を持つことが不可欠だと思います。アップルはハードウェアとソフトウェアを一体で開発して高い完成度を実現してきた企業です。同じようにAI体験も、デバイスやOS、プライバシー設計と深く結びつく領域だからこそ、最終的には自社製のLLMが必要になるでしょう。今は過渡期であり、外部との協業を活かしながら独自路線を着実に進めている段階だといえます」(伊藤氏)
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=伊藤朝輝/ライター、システムエンジニア)











