白物家電や家具などの生活用品メーカーの雄として知られるアイリスオーヤマが、今年3月25日にノートPC市場に電撃参戦。アイリスオーヤマといえば、2010年12月期では約1992億円だったグループの売り上げが、20年12月期には6900億円にまで拡大するなど、コストパフォーマンスの良い商品ラインナップで躍進を続けている企業だ。
そんなアイリスオーヤマが手がけたノートPC「LUCA Note PC」(税込価格5万4780円)は、発売前日にテレビ東京系のニュース番組『ワールドビジネスサテライト』に出演した同社の社長・大山晃弘氏が「非常にいい」と語ったように、その性能に期待が集まっていた。
しかし、発売されるやネット上ではその性能を疑問視する声が続々と噴出し、発売開始早々に価格を1万円も値下げする販売店まで現れている。
そこで今回は同商品について、ITジャーナリストの石川温氏に話を聞き、同商品誕生の背景からそのスペック分析まで詳しく解説してもらった。
アイリスオーヤマが狙う「GIGAスクール構想」需要とは?
2012年に大量リストラを行った家電メーカー大手・三洋電機の技術者を大量に採用したアイリスオーヤマ。これにより一気に家電業界のシェアを獲得してきたわけだが、PC市場に参入できたのにはどんな背景があるのだろうか。
「実は、PC自体を製造して販売すること自体は難しくないんです。自社工場を用意するなら当然費用はかかりますが、実際は多くのPC製造企業が自社で工場を持たないファブレス経営と呼ばれるスタイルをとっています。中国や台湾に数多くある組み立てを専門とする企業に発注して、PCを製造することができるんです。アイリスオーヤマもまさにこの方式で今回のPCを製造したのだと思います。PCの設計に関しても基本的なパターンはすでに多くの企業が知るところですし、参入の障壁自体はそこまで高くはなかったのでしょう」(石川氏)
家電メーカーによるPC市場への参入は、1980年代のシャープや日立製作所などがあるが、いずれもこの事業からは撤退してしまっている。こうした歴史を経てなお、なぜアイリスオーヤマは今回の参入を決意したのか気になるところである。
「それは『GIGAスクール構想』への需要を見越していたからでしょうね。GIGAスクール構想というのは、2019年の12月に文部科学省が打ち出した構想で、全国の小学生と中学生に一人1台の端末を配付、高速かつ大容量の通信ネットワークを一体的に設備して、先端技術を取り入れた教育を受けさせようというものです。
本来は2020年から5年ほどかけて全国に浸透させる計画だったのですが、今回のコロナ禍で半ば強制的に進んだ背景があります。そしてこの構想における学生一人に対するコストの目安が4万5000円ほど。アイリスオーヤマは学校法人に加え、コロナ禍における自宅学習の面でもパソコンを買おうというニーズが出ることを想定して、税込価格5万4780円のPCを売り出したわけです。
また、PC市場は販路も重要。大手家電量販店での販売となれば競合他社と直接店頭で戦うわけですが、アイリスオーヤマの場合は同グループが運営するユニディなどのホームセンターで売れるので、そうした競合リスクを避けられるわけです。言ってしまえば普段PCに詳しくない層が、家具や家電と一緒に購入する需要を狙ったのでしょう」(石川氏)
そのスペックの実態
ここからはスペックについて話を聞いた。まずはデザインやサイズ感について。
「デザインはかなりシンプルで、不備も感じない一方で特筆すべき点もない印象です。サイズは14インチという大きさなので、外出用には少々大きいですね。なので、これはそもそも室内需要を想定した大きさなのでしょう。ただ、約1.3kgという重さは、13.3インチのアップル『MacBook Air』とほぼ同じなので持ち運ぶ際の重量感などは変わらない。むしろ同じ重さでも画面サイズは『LUCA』のほうが大きいというわけですね。
ただ、画面の仕様がフルHDディスプレイなんですが、これは14インチのPCとしては非力なのかなと思います。正直に言うとこのサイズ感の競合他社のPCと比べると、限りなく下のほう、低クオリティの画質といわざるを得ないでしょう」(石川氏)
では、次にPCの要となるCPUなどはどうなのか。
「まず、PCの頭脳ともいえるCPUですが、これはインテルの『Intel Celeron Nシリーズ(Gemini Lake)』が採用されています。インテルというとCPUメーカーの大手なので一見良いように思えるかもしれませんが、実際はIntel Celeron NはインテルのCPUでも最下位クラスの性能で、Gemini Lakeというのは2018年という少々古い世代のバージョンを示しています。
次にメモリですが、これは4GBとなっています。メモリは料理におけるまな板のようなもので、作業処理の速さに直結する部分です。一般的な家庭用のPCで8GB、仕事用のPCで16GBが平均とされるのを鑑みると、4GBはかなり低いといわざるを得ません。起動にもかなり時間がかかるでしょうし、動画などを見たらかなりカクついてしまうはずです。
次は、写真や文書ファイルなどの保存量に関わるストレージ容量ですが、これは64GB。本機搭載のOSは『Windows 10 Pro』という比較的高価かつ容量をかなり食うものが使用されているため、そのストレージ量の大体半分近くはOSの容量で奪ってしまうでしょう。ですから実質のストレージ量は32GBくらいしかないんです」(石川氏)
一言で言うと、“必要最低限の性能”といったところか。あまり高いスペックとはいいがたいのが実情なようだ。
では、値段に対してのスペック、要するにコストパフォーマンスという側面で考えるとどうなのだろか。
「値段は確かに安いですが、それ以上にスペックもいまいちのため、コスパは悪いといわざるを得ません。GIGAスクール構想向けだからということを考慮しても、同構想向けに主に売れているグーグルのPC『Chromebook』は、『LUCA』よりもさらに安価で手に入り、かつサクサク動くスペックとなっていますからね。そう考えると『LUCA』は値段相応ともいえない製品だと感じます」(石川氏)
石川氏は「初心者向けの低価格帯だからこそ、初心者の成長の余地に合わせてある程度のスペックは必要だ」ともいう。現状発売されている『LUCA』でGIGAスクール構想の需要を勝ち取れるかはわからないが、今後、アイリスオーヤマのPCが低価格で良コスパを実現していけば勝機はあるのかもしれない。
(文=A4studio)