アイリスオーヤマ(本社仙台市、非上場)の大山健太郎会長は勇気のある経営者だ。外出自粛が終わっても、これまで通りの消費に戻るには数年かかると予想。経営者は景気回復のために「雇用を守ることに注力すべきだ」と力説する。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、賃金や雇用の大幅な調整に踏み切る企業が増えるとみられるなか、大山氏の発言は傾聴に値する。
安倍政権の試金石
5月、雇用危機が火を吹く。5月末に契約更新時期を迎える派遣社員は10万人以上いるとみられ、休業などに伴う雇い止めが多くの業種で進むと、製造業を中心に「派遣切り」の嵐が吹き荒れた2008~09年のリーマン・ショック時を超えることになるとの警戒感が強い、
派遣社員は04年に製造業への派遣が解禁されて以降、急速に広がり、現在国内に約140万人を数える。「雇用の調整弁」とも位置付けられ、リーマン危機時には1年間で約30万人の派遣の雇用が失われた。リーマン時にはサービス業などの非製造業が、製造業を解雇された人の受け皿となったが、今回は様相を異にする。まずインバウンド(訪日客)需要の消滅でホテルや百貨店、旅行が大打撃を受けたからだ。
5月末に更新を迎える派遣10万人の雇用を守れるのかどうかが、雇用危機の最初の山場となる。
雇用者数301万人減、失業率6.7%となる恐れ
米労働省が発表した4月の雇用統計では、失業率が14.7%と第2次世界大戦後で最悪の水準となった。失業率は前月(4.4%)から10.3ポイント上昇し、2310万人に急増した。失業率は08~09年の金融危機時(リーマン・ショック)時のピーク(09年10月、10.0%)や第2次世界大戦後の最悪期(第2次石油ショックの1982年12月の10.8%)を超え、大恐慌直後の40年以来、80年ぶりという歴史的な水準に達した。新型コロナの感染拡大で経済活動がほぼ停止したことが響いた。欧州の失業率も2021年に10%を超える可能性がある。
では日本はどうか。大和総研の試算では、日米欧での感染拡大が6月に収束したとしても、20年の雇用者数は前年から約99万人減少し、失業率は3.8%程度に上昇する。感染拡大が年末まで続くと雇用者数の減少は301万人程度、失業率は6.7%に達する可能性がある。最悪の場合でも日本の失業率が米国より大幅に低いのは、民間企業が潜在的な余剰人員を抱えているからである。自動車など輸送用機器だけで約100万人、鉄鋼業は約20万人も余剰人員がいるとされている。
工場の稼働率が下がった日本企業は雇用契約を維持しながら「一次帰休」というかたちで調整をする。日産自動車やマツダなど3社は4月、2万人規模の従業員を一時帰休させた。日本製鉄も4月から約3万人を対象に月2回程度の一時帰休を始めた。
アイリスオーヤマの大山健太郎会長は、日本的経営を活かして「雇用を守れ」と提唱している。「日経ビジネス」(日経BP社/20年4月27日号)のインタビューでこう語った。
<日本の上場企業の自己資本比率が高いことにはいろいろ意見があるが、こうしたときにこそ雇用維持に使ってほしい。企業の財布は比較的厚いので、会社員つまり消費者の財布を守ることができる。借り入れをして赤字を出してでも雇用を守ることこそ、日本的な経営の基本であり最大の社会貢献だ>
<リーマン・ショックを経験し、日本の企業は想定外の事態を見越してお金をためてきた。当社も一切、解雇はしない。サービス業や中小・零細企業は自己資本があまりないので、国の支援は必要だ。ここは国がしっかり面倒をみることが欠かせない>
月産1億5000万枚のマスクを国内生産する
大山氏はプラスチック成型品の工場を営む父が急逝したことをきっかけに19歳で事業を引き継ぐ。脱下請けを掲げ、園芸用品や収納用品、ペット用品、家電などの分野で自社製品を開発してきた。この間、第1次石油ショックでは会社は倒産寸前までいった。その後もバブル崩壊、リーマン・ショック、東日本大震災と数々の危機に直面して乗り越えてきた。18年には、社長職を長男の晃弘氏に譲り、代表権のある会長に就いた。迅速な意思決定をするため、非上場を貫いている。
新型コロナ対策では陣頭指揮を執る。アイリスオーヤマは07年から花粉や黄砂対策のためマスクを自社生産してきたが、工場はすべて中国だった。日本国内で新型コロナの感染が急速に拡大し、マスクの入手が困難になった。これを放置できないと考えていたところに政府からの要請もあり、日本での設備投資を決断した。
6月からマスクの国内生産を始め、順次拡大して最終的に月間1億5000万枚を供給する。月産1億5000万枚にするのは並大抵ではない。原料の確保から量産ラインづくりなど、いくつもハードルがあるからだ。
短期間に量産体制を整えることができたのは、準備が早かったからだ。年初に中国・武漢で感染が広がったときから、大山氏は国内生産を想定していたというから、百戦錬磨の経営者の勝負勘は冴えわたっている。
アイリスオーヤマの19年12月期の決算の売上高は前期比4%増の1611億円、経常利益は23%増の115億円。主力の発光ダイオード(LED)照明を含む家電事業が業績を牽引し、売上高は4期連続で過去最高を更新した。国内外のグループ28社の総売上高は5%増の5000億円、経常利益は5%増の285億円と過去最高だった。
アイリスオーヤマの強みは新商品の開発力にある。全商品に占める、発売から3年以内の新商品の割合は6割を超える。“ないと困る”商品をつくり続ける企業でないと、ポスト・コロナの新しい時代には生き残れない。
22年にグループ売上高1兆円の目標を掲げてきたが、新型コロナがもたらした世界的な不況で達成は難しい。大山氏は切り替えが早い。コロナ禍に対処する経営課題を「雇用を死守する」に置いた。この提言が、リーディングカンパニーと呼ばれる企業経営者に突きつけた意味は、相当に重い。
(文=編集部)