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自動車部品メーカー・デンソーの変身…CO2回収・再利用技術、世界で重要度高まる

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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デンソー HP」より

 現在、主要先進国を中心に世界全体で脱炭素に向けた取り組みが加速している。日本は2030年度までに温室効果ガスの排出量を2013年度比46%削減する目標を掲げた。その上で、政府は2050年のカーボンニュートラルを目指す。洋上の風力発電など再生可能エネルギーの利用が遅れている日本が脱炭素を進めるために、二酸化炭素の回収、貯留、再利用に関する技術の重要性は、日増しに高まっているといえる。

 その分野を成長事業に育成しようと、自動車部品大手のデンソーは二酸化炭素の回収と再利用の技術開発に取り組んでいる。同社は自動車の電動化に関する技術などにも取り組み、2035年までにカーボンニュートラルを目指す。

 中長期的な展開を考えると、デンソーの取り組みは、日本企業の脱炭素への取り組みに無視できない影響を与える可能性がある。特に、同社が工場の排ガスだけでなく、社会全体での二酸化炭素の循環を目指した技術開発に注力していることは重要だ。

デンソーが重視する環境戦略

 5月26日、デンソーが事業戦略に関する説明会を開催した。説明資料が掲載されたウェブページを見ると、まず社長挨拶の資料が掲載され、次いで「環境戦略」「安心戦略」「ソフトウェア戦略」、そして「企業価値創造に向けた成長戦略」の順に資料が掲載されている。デンソーは世界大手の自動車部品メーカーだ。その点に着目すると、電機自動車(EV)など自動車の電動化へのシフトを見据えた事業戦略が強調されてもおかしくはない。

 しかし、同社は最初に二酸化炭素の回収と再利用からなる脱炭素(環境)分野での事業戦略を提示した。その目的は、自社の事業活動と社会全体で排出される温室効果ガスを減らすために脱炭素に関する技術を磨き、それによって長期かつ持続的な成長を目指すという同社の決意を表明することだろう。自社の決意を利害関係者(ステークホルダー)にしっかりと認識してもらうために、同社は事業戦略説明のトップに環境戦略をもってきたのだろう。

 それは、行動経済学の理論にある“初頭効果”と整合的だ。初頭効果とは、最初に与えられた情報(第一印象)がわたしたちの認知に鮮烈な印象を与えることと、情報量が増えるにつれて集中力が低下し、注意力が払われづらくなることを言う。

 デンソーのケースに当てはめると、同社は環境に関する説明を事業戦略の最初に置くことによって、脱炭素関連の技術の供給者としての社会的役割の発揮を目指す意思を社内外に明確に示そうとしたと解釈できる。それは足許の世界経済の環境の変化と整合的といえる。

 今、世界各国の政府や主要企業が、急速に脱炭素への取り組みを強化している。その主な理由は、化石燃料の消費によって地球の温暖化が進み、気候変動問題が深刻化したからだ。特に、化石燃料を用いたエンジン車を取り巻く環境は厳しさを増している。例えば、ノルウェーは世界で最初に化石燃料を用いた自動車販売を終了することを目指している。現時点でその目標を2025年に達成することが目指されている。また、2030年までに英国がガソリンとディーゼル車の新車販売を禁止する予定だ。2035年までに米カリフォルニア州はすべての新車をゼロエミッション車にすると表明した。

事業ポートフォリオの発展性向上

 これまで自動車には、約3万点の部品が用いられてきた。それに対してEVの場合、必要な部品が4割ほど減少する。また、自動車の生産方式は、日本の自動車メーカーが得意としてきたすり合わせ型から、デジタル家電のようなユニット組み立て型に移行する。既存の自動車メーカーや内燃機関関連の部品メーカーにとって、EV化の影響は大きい。

 ただ、もともとデンソーはカーエアコンなど自動車の電装関連に強みを持ってきたため、変化への対応力は相対的に高いと考えられる。すでにデンソーはモビリティ関連事業の変革を進めている。同社は、排ガスの検知や浄化技術の向上に加え、自動車などのパワートレイン、自動運転、安全に関する技術の開発を行うだけでなく、それらを束ね、統合的に制御する電子制御ユニット(ECU)や、関連するソフトウェアの開発に取り組んでいる。

 デンソーはそうしたモビリティ関連の事業に脱炭素分野での取り組みを付加することによって、事業ポートフォリオの発展性を高めようとしているように見える。脱炭素に関して同社が重視するのが、社会全体での二酸化炭素の回収と再利用を実現する技術だ。同社は豊田中央研究所と共同で二酸化炭素の循環(回収と再利用を行う)装置を開発し、デンソーの安城製作所に設置した。デンソーによると、二酸化炭素の循環システムの構想が生み出されてから約20カ月の短期間で二酸化炭素の循環装置は開発された。開発スピードの速さは、同社が二酸化炭素の回収と再利用の潜在的な需要は大きく、いち早く取り組む意義は高いと考えていることを示唆する。

 2030年までにデンソーは自社の二酸化炭素回収と再利用技術の事業化を目指す。その上で、2035年までに同社は自社の技術を用いて自社工場の二酸化炭素排出ゼロを目指す。また、そのタイミングでデンソーは二酸化炭素をエネルギーとして利用する事業の売上高を3000億円にする数値目標も掲げた。脱炭素を実現するモノづくりの力を磨くことによって、同社は自社の事業ポートフォリオの発展性を高め、さらなる成長を目指そうとしている。

日本にとって重要性高まる二酸化炭素の回収、貯留、再利用

 中長期的な展開を考えると、デンソーが取り組む社会全体での二酸化炭素の循環利用は、日本企業の脱炭素への取り組みに無視できない影響を与える可能性がある。そう考える理由は、日本の自動車産業に協力という価値観が共有されているからだ。3月に、ルネサスエレクトロニクスの那珂工場で火災が発生した。自動車産業を中心に、多くの企業がエンジニアなどを那珂工場に派遣し、想定を上回るペースで工場の稼働再開が実現された。

 それは、日本のモノづくりの現場力の底力を世界に示した。那珂工場の早期稼働再開は、完成車メーカーと、部品メーカーや下請け企業など複数の企業が長い時間をかけて築いた協力・信頼関係のなせる技(アート)だと評する経済・経営の専門家もいる。

 そうした日本産業界の特性を考えた時、デンソーの二酸化炭素循環技術の実用化が日本経済と社会全体での脱炭素の推進に与えるインパクトは大きいだろう。冒頭で記したように、2030年度までに日本は、温室効果ガスを46%削減する目標を掲げた。それは、日本企業のコストを増加させる可能性がある。電力供給が火力発電に依存している中で企業が温室効果ガスの排出を減らすためには、排出枠の購入や既存施設の改修などが必要になるだろう。それは企業のコスト増加につながる可能性がある。

 その一方で、2050年までの展開を考えると、日本企業の技術力をもってすればカーボンニュートラルを実現することは可能だろう。脱炭素関連の技術開発によって日本企業のビジネスチャンスは拡大するだろう。具体的には、二酸化炭素の回収に用いられる素材や、精密機械など各国の生産活動を支える機器の軽量化、小型化、電動化、水素関連の技術といった分野で日本企業が競争力を発揮する可能性がある。デンソーの取り組みはその先駆けといえる。

 今後、デンソーが実証実験を重ねて二酸化炭素の回収と再利用装置の小型化や運用コストの低減に取り組むことは、製造業を中心に日本企業の脱炭素化を支え、より多くのビジネスチャンス獲得を支える可能性がある。そうした観点から、デンソーの脱炭素への取り組みに注目したい。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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