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なぜアスリードは富士興産への敵対的TOBを突如、撤回?ちらつく「任天堂の創業家」の影

文=松崎隆司/経済ジャーナリスト
なぜアスリードは富士興産への敵対的TOBを突如、撤回?ちらつく「任天堂の創業家」の影の画像1
「富士興産 HP」より

 アクティビストファンドのアスリード・キャピタルは8月24日、石油販売を手掛ける東証一部上場の富士興産への敵対的買収(TOB)を断念したと発表した。しかし、固唾を飲んで事態を注視していた富士興産の関係者の心境は複雑だ。

「TOBが中止されたことで、われわれも買収防衛策として発動する予定だった新株予約権の無償割当については中止しました。しかしTOBを断念したとはいえ、彼らは依然として大株主ですし、TOBをかける前の状態に戻ったにすぎません。われわれは企業価値を高めていく努力をしていくだけです」(富士興産広報担当者)

 敵対的買収の詳細な経緯については既報(『富士興産に敵対的TOB…ファンドの背後に「任天堂の創業家」と「村上ファンド」か 』)に譲るとして、ここで改めてその概要を見てみると、アスリードが唐突に富士興産へのTOB開始を公表したのが4月28日。

 富士興産は5月24日に買収防衛策の導入・発動を公表する一方で、同月28日にはアスリードによるTOBに対して「当社の企業価値ひいては株主の皆様共同の利益の最大化を妨げるもの」だと正式に反対を表明した。富士興産は、買収防衛策の導入・発動について、株主総会で株主意思確認を行うため6月24日の定時株主総会に議案として提出。議案はいずれも承認・可決され、会社側に軍配が上がった。

 この間、アスリードも指をくわえて見ていたわけではなかった。買収防衛策の差し止めを求め裁判所に仮処分を申し立てていた。しかし、それが認められず、即時抗告を行うも8月10日には棄却され、8月24日、ついにアスリードはTOB期間終了までに裁判所による差し止めの判断を得ることが困難だとして、TOBの撤回に追いやられた。

ヤマウチNo.10ファミリーオフィス

 ところでアスリード・キャピタルとはいったいどのような投資ファンドなのか。創業は2019年11月。シンガポールを拠点に日本の上場企業を対象にした投資ファンドだ。

 このファンドの運営を担っているのが、門田泰人氏と浅野弘揮氏の2人だ。門田氏はUBSやローンスターなど外資系金融出身。浅野氏はフィデリティ投信出身だ。2人はアクティビストとして株主総会などに乗り込んで投資先に揺さぶりをかける役割と、社外取締役として投資先に入り込む役割とを分担しているとされる。しかし、これだけならよくあるアクティビストファンドだが、かつて一世を風靡し、日本中に衝撃を与えたあの有名な投資ファンドの影がちらついている。

「アスリードは、かの村上ファンドを率いる村上世彰氏の娘である野村絢氏から富士興産株式を相対で取得した可能性があり、さらに村上ファンドからの出資も受けているといわれています」(金融業界事情通)

 つまりアスリードは「村上ファンド別動隊」だというのである。さらに、任天堂中興の祖といわれ、世界に冠たるゲーム機メーカーに育てた山内溥氏の没後、その巨額の遺産を相続した養子の山内万丈氏が設立した資産運用会社「ヤマウチNo.10ファミリーオフィス」が、アスリードに大口出資をしているのも村上ファンドの影響だという。

「万丈氏は、アクティビストとして日本企業に対峙する村上世彰氏に憧憬の念を抱いているといわれている。アスリードへの出資も村上氏の引き合いで、ファミリーオフィスは戦略的パートナーとして事実上共闘しているとされる。公式サイトで万丈氏は『山内溥の意志を受け継ぐ』と謳っているが、生前の山内溥氏であれば企業育成や救済のための投資は行っても、敵対的買収を仕掛けるということは間違いなくしないでしょう」(同)

 では、そのアスリードとはどのようなファンドなのか。ファンド名は「企業の明日」を「リード」するという意味合いを込めてつけられたといわれているが、一部では「いきなり敵対的な要求を突き付ける」とも報じられている。そして、アスリードとして敵対的TOBの第1号案件となったのが、富士興産というわけだ。

目的は何か

 富士興産は、売上の大半を石油製品の販売が占め、その仕入れの7割をENEOSに依存している。アスリードが筆頭株主となる前は、ENEOSホールディングスが筆頭株主で、前代表者も同社グループ出身者となっていた。一言でいえばENEOSの系列だ。ところが、富士興産経営陣と十分な協議もないまま、突然、非公開化を求めてきたという。

「彼らは我々が立てた中期経営計画に反対してTOBをかけてきました。しかし彼らは中期計画の代替案を持っていたわけはなく、TOB後には引き続きわれわれに経営を任せるといった趣旨の説明をし、いったい何がやりたいのかわからなかったので、われわれはこのTOBには当初から反対してきました」(富士興産広報担当者)

 当然、株主たちもそんな提案においそれとは乗れない。敵対的TOBによって両社は対立するが、そのさなかの5月28日、富士興産は、特別配当と期末配当を合わせて1株当たり103円とすることを公表した。

「特別配当の名目は、中期経営計画最終年度の業績が計画を上回ったなどとしているが、これは、アスリードによる敵対的TOBの撤回条件を意識して現金を吐き出したものであることは想像に難くない」(M&Aに詳しい事情通)

 いずれにせよ、この配当によりアスリードは、直近の大量保有報告書に記載されている保有株式数133万5500株で換算すると1億3700万円程度の配当金を得たことになる。アスリードが取得した富士興産の株式の取得価格は約9億4660万円。つまり短期間で投下資金の14%程度のリターンを得たことになる。

「しかし、公開買付代理人や弁護士などの費用のかさむ敵対的TOBを仕掛け、泥仕合まで展開するなど、アスリード・ヤマウチ連合からすると大山鳴動して得られたリターンとしてはまだまだ満足していないのではないか」(同)

 アスリードによる富士興産の一株当たりの取得価格は708円程度で、8月31日現在の富士興産の市場株価は900円台後半を維持している。現状では、短期的な現金獲得を目的として、対象会社を追い詰めて自己株取得させたり、対象会社がホワイトナイトと組んで非公開化する際に、巨額の利ザヤを抜くという伝統的なアクティビストの出口戦略も残されている。これからアスリード・ヤマウチ連合による新たな攻撃が始まるのか。

 また、敵対的TOBが不調に終わり宙ぶらりんになった富士興産の株の行方がどうなるのか注目される一方で、アスリードはキャリアデザイン、スペースバリューホールディングスなどにも出資。そこで第2、第3の敵対的買収が行われるのか、その出方にも関心が寄せられている。

松崎隆司/経済ジャーナリスト

松崎隆司/経済ジャーナリスト

1962年生まれ。中央大学法学部を卒業。経済出版社を退社後、パブリックリレーションのコンサルティング会社を経て、2000年1月、経済ジャーナリストとして独立。企業経営やM&A、雇用問題、事業継承、ビジネスモデルの研究、経済事件などを取材。エコノミスト、プレジデントなどの経済誌や総合雑誌、サンケイビジネスアイ、日刊ゲンダイなどで執筆している。主な著書には「ロッテを創った男 重光武雄論」(ダイヤモンド社)、「堤清二と昭和の大物」(光文社)、「東芝崩壊19万人の巨艦企業を沈めた真犯人」(宝島社)など多数。日本ペンクラブ会員。

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