「議会で偽証したファウチは5年の刑に服すべきだ」
このように語るのはランド・ポール米連邦議会上院議員(共和党)である。ファウチ氏とは米大統領医療顧問であるアンソニー・ファウチ氏のことだ。ファウチ氏は国立衛生研究所(NIH)傘下のアレルギー感染症研究所の所長を1984年から務めている。米国の感染症対策の先頭に立ち続け、現在もバイデン大統領とタッグを組み、米国の新型コロナウイルス対策を主導している。
9月7日、議会の場で新型コロナウイルスの起源についてファウチ氏の関与を指摘してきたポール議員が待ち望んでいたスクープ記事が出た。米インターネットメディアであるザ・インターセプトが「NIHが中国武漢ウイルス研究所に連邦資金を提供して、人間に感染するコウモリのコロナウイルスの研究を行っていたことがわかった」と報じたのだ。
インターセプトは昨年、NIHに情報公開請求を行ったものの拒否されたが、その後、米情報公開法の助けを得て900ページ以上にわたるNIHの未公開文書を入手していた。同メディアが注目したNIHが交付した助成金のタイトルは「コウモリ・コロナウイルスの出現リスクに関する評価」だ。数千にも及ぶコウモリのサンプルをスクリーニングして新たなコロナウイルスを発見するという内容であり、ニューヨークの非営利団体エコヘルス・アライアンスに2014年から19年にかけて総額310万ドルの資金が提供された。そのうち59万9000ドル分が武漢ウイルス研究所に流れていた。
武漢ウイルス研究所の役割は、人に感染する可能性のあるコウモリのコロナウイルスを特定する作業だ。多くのコウモリが生息する洞窟での作業は、未知の危険なコロナウイルスに感染する可能性が高い危険なフィールドワークだった。
苦労して採取した新たなコロナウイルスは、武漢ウイルス研究所で遺伝子操作が行われた。SARS系統のコロナウイルスを人間に感染しやすくなるよう遺伝子操作を行い、その効果のほどはヒト化マウス(人間の細胞が移植されたマウス、一般的に胎児の細胞が移植され、先進国では倫理上の問題から禁止されている)で確かめられた。
実際の実験は武漢ウイルス研究所ではなく、同研究所に近い武漢大学動物実験センターの安全基準がさほど高くない実験室(BSL-3レベル)で行われていた。SARS系統だけでなく、MERS系統のコロナウイルスの実験も行われていたようだ。このような高リスクの研究が、なぜ武漢ウイルス研究所で実施されたのだろうか。
「ファウチ氏の偽証罪を立件するための手続きを開始せよ」
武漢ウイルス研究所はSARSの起源をはじめ、さまざまなコロナウイルスの研究を続けてきた。SARSの起源が「コウモリ由来」であることを突き止めたのは同研究所だ。昨年2月「同研究所にデータが残っていたコウモリから採取されたコロナウイルスの遺伝子配列が新型コロナウイルスと96パーセント以上一致している」事実もいち早く公表した。
15年にフランスの協力で武漢ウイルス研究所にバイオセーフティーレベルの最高水準を満たす中国初の実験施設が完成し、NIHなどの資金を受けた米国の大学と連携した研究も行われていた。
米中連携のキーパーソンはエコヘルス・アライアンスのピーター・ダスザック氏だった。同氏は、武漢ウイルス研究所のコウモリウイルス研究の第一人者である石正麗氏と長年共同研究を行い、十数本の論文を共同執筆した。新型コロナウイルスのパンデミック以前の武漢ウイルス研究所は、人類全体の脅威となるウイルスに対抗するための国際協調の舞台だったのだ。
NIHの非公表資料を読んだラトガース大学の分子生物学者リチャード・エブライト氏は「武漢ウイルス研究所は、あるコロナウイルスのスパイク遺伝子に別のコロナウイルスの遺伝情報を組み込んで新規のキメラ型SARSウイルスをつくった、まさに機能獲得実験だ。ファウチ氏の議会証言が嘘だったことがわかる」と述べている。
ファウチ氏は5月12日の議会の公聴会で「NIHはウイルスの機能獲得実験のために武漢ウイルス研究所に資金を出したことはない」と述べたが、「この証言は虚偽である」と考えるポール議員は7月、司法省に対し「ファウチ氏の議会での偽証罪を立件するための手続きを開始せよ」と訴えていた。
中国国内では「米国責任論」
スクープ記事のおかげで「憎きファウチにトドメをさせる」とポール議員は意気軒昂のようだが、事はそう単純ではない。
8月下旬に公表された米情報機関の報告では「新型コロナウイルスは遺伝子操作されて出現した可能性は低い」と結論づけている。情報機関なら入手可能なNIHの資料を読めば一目瞭然なはずなのに、正反対の結論を出したのはなぜか。NIHの資料をサーベイしなかった証拠であり、「手抜き作業」と批判されてしかるべきだ。
一部のメディアがすでに報じていたことだが、「米国の税金で実施された科学的な研究が新型コロナウイルスを出現させた」ことが確実になったという事実は重い。バイデン大統領は9日に行われた習近平国家主席との電話会談で、新型コロナウイルスの起源をめぐる調査について議論したとされるが、武漢ウイルス研究所における遺伝子操作実験が米国側の意向と資金でなされたのだとすれば、問題は非常に複雑なものになる。
新型コロナウイルスの出現が「米中合作」だったことについて、中国側は今のところ反応を示していない。中国国内では政府のプロパガンダが功を奏して「米国責任論」の大合唱となりつつある。
新型コロナの起源をめぐる米中対立の行方は予測不能になりつつある。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)