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藤和彦「日本と世界の先を読む」

アフガン、タリバンからISに脅威移行…日本人が知らない「中東・イスラム最新情勢と展望」

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
アフガン、タリバンからISに脅威移行…日本人が知らない「中東・イスラム最新情勢と展望」の画像1
「Getty Images」より

 アフガニスタン情勢が日に日に悪化している。首都カブールの国際空港周辺で8月26日、過激派組織「イスラム国(IS)」の地域組織の自爆テロで米兵を含む多数の人々が犠牲となった。「断固報復する」と宣言した米国側は無人機でISのテロ計画者を殺害するなどの反撃に出ている。

 米国をはじめとする国際社会が支援するガニ政権の崩壊直後の世界の注目はタリバンに集まっていたが、今回のテロを契機に世界の警戒はタリバンからISに変わった。

  アフガニスタンにおけるISの地方組織の正式名は「イスラム国ホラサン州(ISIS-K)」である。ホラサンとはイラン東部・中央アジア・アフガニスタン・パキスタンにまたがる地域の旧名称のことである。ISIS-Kの拠点はパキスタンとの麻薬密輸や密入国ルートに近い東部ナンガルハル州にある。2015年1月に設立されて以来、アフガニスタン各地でテロを繰り返してきた。約3000人のジハード(聖戦)戦士が活動中との情報がある。

 ISIS-Kはタリバンと同じスンニ派武装組織だが、「不倶戴天の仇敵」の間柄である。タリバンが米軍と平和協定を締結したことに批判的であり、カブールを占領した際にも「米国と取引してジハード武装勢力を裏切った」と非難していた。ISIS-Kは「タリバンは穏健すぎる、過激さが足りない」として不満を持つジハード主義者の格好の受け皿になっているようだ。

 隣国パキスタンでは中国人に対するテロが相次いでいる。「一帯一路」構想に基づき巨額投資を行っていることでパキスタンでの存在感は高まる一方の中国は、政府にダメージを与えるための格好の標的となっているからである。

 ISIS-Kは「反米」を掲げ、今のところ中国を敵視していないが、アフガニスタンにおける中国のプレゼンスが高まれば、隣国パキスタンのように中国人が主なターゲットになるのは時間の問題である。タリバンはアルカイダをかくまったせいで権力を奪われた苦い経験から国内政治に集中するといわれているが、ISIS-Kは国際的なテロネットワークの一部であり、攻撃対象はアフガニスタンにとどまらない可能性が高い。

ウイグル族の失踪事件が頻発

 ISIS-Kはタリバンと異なり、中国におけるウイグル族の弾圧についても見逃さないだろう。中国新疆ウイグル自治区の独立を目指す組織である東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)の多くの戦士たちは、シリアや中東地域などに潜伏しているといわれている。

 今年に入り、中東地域でウイグル族の人々が失踪する事件が頻発している。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)当局が、中国政府の要請に応じてウイグル族の人々を強制送還しているからである(2021年6月10日付CNN)。UAEにウイグル人を拘束する中国の拘置所が存在することも明らかになっている(8月25日付AP)。

 チャイナマネーに目がくらみ、スンニ派イスラム教徒を保護しないアラブ諸国も、ISが属する国際テロ組織の攻撃対象になるリスクが生じている。なにより心配なのは、アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンの支配が復活したことで、「米国は弱い」という危険なシグナルが世界に発信されてしまったことである。

 世界中のジハード主義者たちが勢いづき、戦闘集団への新兵加入を活発化させている(8月30日付英エコノミスト)。スンニ派と対立関係にあるイエメンのシーア派反政府武装組織フーシは29日、暫定政権側のアナド空軍基地にミサイルと無人機による攻撃を行い、兵士ら30人を死亡させた。6年目に入ったイエメン内戦では、暫定政権を支えるサウジアラビアが有志連合を組み、イランが支援するフーシと泥沼の戦闘を続けてきたが、サウジアラビア主導の連合軍が拠点を置くアナド基地が攻撃されたことは、さらなる痛手となる。

米国とサウジ、関係悪化の可能性

 バイデン米政権は、トランプ前政権と異なり今年2月に停戦を要求するなどサウジアラビアとの距離を取り始めている。2001年の米同時多発テロから20年となるのを前に、米司法省は機密指定されている同時テロ関連の文書の開示についての作業を進めている。「サウジアラビア政府が関与した事実を明らかにせよ」と訴える遺族が訴訟を起こしており、バイデン政権が遺族に配慮して文書を開示すれば、米国とサウジアラビアとの関係はさらに悪化する可能性がある。

 米軍は今年6月から中東に配備しているミサイル防衛システムなどの大幅な削減を進めているが、撤収される兵器のほとんどがサウジアラビアに配備されていたものである。シェール革命で世界第1位の原油生産国となり、「脱炭素」へと舵を切った米国にとって、中東の戦略的な重要性が格段に下がったことがその背景にある。

 今年末に米軍撤収が予定されるイラクでも大きな混乱が起きることが懸念されている。イラクの首都バグダットで28日、中東の主要国が集まる首脳会合が開かれた。イエメン内戦などをめぐって敵対するイランやサウジアラビア、UAEからも外相や副大統領が出席し、「対テロ戦争」から手を引く米国が中東からも撤退を進めるなかで地域の緊張緩和の動きが活発化しているが、手遅れの感は否めない。

 ISは16日、イラク北部のクルド人自治区の油田に対するテロ攻撃を行ったように、
イスラエルとの関係を急速に強化しているUAEや、ムハンマド皇太子が社会の近代化を推進しているサウジアラビアなどで既存の秩序に対する武力による挑戦が頻発するのではないだろうか。そうなれば、原油の中東依存度が高い日本にとって一大事である。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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