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都心賃料31年ぶり高水準の裏で…バーチャルオフィスやシェアオフィスの異常な活況

2026.08.12 05:55 2026.08.11 21:58 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=秋田智樹/不動産ジャーナリスト

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●この記事のポイント
東京都心5区のオフィス平均賃料は2026年7月に坪2万3287円と30カ月連続で上昇し、31年ぶりの高水準に到達。一方、月額1,000円台で港区や渋谷区に法人登記できるバーチャルオフィスが急増しており、賃料高騰に対応できない中小企業と、新築ビルへの投資を強化する大手企業との「オフィス二極化」が進んでいる。

 東京都心のオフィス市場が、記録的な高騰局面に入っている。オフィス仲介大手・三鬼商事が発表した2026年7月の東京ビジネス地区(都心5区=千代田・中央・港・新宿・渋谷)の平均募集賃料は、1坪あたり2万3287円。前月比1.28%、前年同月比では11.38%の上昇で、上昇局面は実に30カ月連続となった。月次データが遡れる2002年以降で最高値であり、年次集計の1995年(2万3612円)に迫る「31年ぶりの高水準」だ。空室率も1.95%と4カ月連続で低下しており、貸し手優位の市場が続いている。

 一見すると「コロナ禍からの出社回帰」「日本経済の活力」を印象づける明るいニュースだが、その足元では静かに、しかし確実に“オフィス格差”が広がっている。資金力のある大手企業や急成長中のIT企業が好立地の新築ビルを押さえる一方で、高騰する賃料に音を上げるスタートアップや中小企業も少なくない。そうした企業の受け皿として存在感を増しているのが、「バーチャルオフィス」や「住所貸し(アドレスサービス)」と呼ばれる業態だ。都心の一等地に“実体”を持たずに法人登記だけを行う企業が急増する背景と、そこに映し出される企業の二極化を追った。

●目次

 

「厳選された高品質オフィス」への需要集中が賃料を押し上げる

 まず押さえておきたいのは、今回の賃料高騰が「誰もが等しく苦しんでいる」わけではないという点だ。三鬼商事のデータを見ると、既存ビルの平均賃料が2万3000円前後であるのに対し、新築ビルはこれを大きく上回る水準で推移しており、丸の内・大手町エリアのAグレードビルでは坪あたり4万円台後半という調査もある。空室率についても、新築ビルはむしろ変動が大きい月がある一方、既存ビルは1%台という「事実上の満室」に近い状態が続く。

 つまり市場で起きているのは、単純な需給逼迫というより、「ハイブリッドワーク時代に見合った、厳選された高品質オフィス」への需要集中である。企業がオフィスに求める役割が「全員を収容する箱」から「出社したくなる場所」「採用ブランディングの装置」へと変化する中、坪単価の上昇についていけない創業初期のスタートアップやシード期の企業は、都心一等地での賃貸契約を事実上あきらめざるを得なくなっている。

月額1,000円台で「一等地登記」…バーチャルオフィス業界の活況

 そこで存在感を増しているのが、住所利用に特化した「バーチャルオフィス」サービスだ。都心の一等地に実際のデスクやオフィス空間を持たず、住所と郵便物転送、電話代行などの機能だけを月額数千円で利用できる。例えば渋谷区の住所を扱う事業者では、月額1,000円台のプランから利用でき、法人登記に対応するプランでも月額2,000円弱に収まるケースがある。都心Aグレードオフィスの坪単価が月4万円を超える水準にあることを踏まえると、両者の価格差は数十倍から百倍近くに達する。

 市場全体で見ても、コワーキングやシェアオフィスを含む「フレキシブルオフィス」市場は、日本能率協会総合研究所の調査によれば2023年度の約1500億円から2026年度には約2300億円規模へ拡大が見込まれている。バーチャルオフィス単体の統計は業界団体による公式集計が限られるため幅を持って見る必要があるが、複数の民間調査で市場は着実な拡大基調にあるとされる。

 サービス内容も高度化している。単なる「住所貸し」にとどまらず、郵便物のスキャン転送、来客対応、貸会議室の従量利用、さらには法人銀行口座開設のサポートまで、起業初期のインフラを一括して提供する事業者が増えている。

「都心の賃料水準がここまで上がると、創業間もない企業にとって物理オフィスを持つこと自体がリスクになります。バーチャルオフィスは単なる節約策ではなく、限られた資金をプロダクト開発や採用に振り向けるための合理的な経営判断として選ばれている面が大きい」(不動産ジャーナリスト・秋田智樹氏)

なぜ企業は「実体なき一等地」にこだわるのか

 なぜ企業は、実質的な業務拠点が自宅やレンタルスペースであっても、あえて千代田区や港区、渋谷区といった一等地に住所を置きたがるのか。背景にあるのは「信用の補完」というニーズだ。名刺やコーポレートサイトに記載された所在地は、取引先の与信判断や求職者への印象、金融機関との折衝にまで影響を与えうる。フルリモート体制の企業であっても、対外的な信用を確保するために都心の住所を選ぶ動きは根強い。

 一方で、この「信用補完」機能には限界もある。金融機関が法人口座開設の審査を行う際、事業実態の確認は年々厳格化しており、犯罪収益移転防止法に基づき本人確認や取引目的の確認が義務付けられている。バーチャルオフィスであることを理由に一律に口座開設を拒否する金融機関は少ないとされるが、事業内容や取引実績が乏しい創業直後の法人は、拠点の形態にかかわらず審査のハードルが高くなる傾向がある点には留意が必要だ。「住所さえ整えれば信用が得られる」という単純な図式ではないことは、利用を検討する企業側も理解しておくべきだろう。

深まる「オフィス二極化」――勝者と防衛組

 賃料高騰は、企業のオフィス戦略を明確に二極化させつつある。

 一方の極にいるのは、採用力の強化やエンゲージメント向上を狙い、好立地・新築ビルへの投資を積極化する大手企業や資金調達に成功したメガベンチャーだ。CBREなどの調査では、東京23区の新規オフィス需要が新規供給を上回る状況が続いており、企業が「出社したくなるオフィス」を人材獲得の武器と位置づける動きが背景にある。

 もう一方の極にいるのが、賃料改定のタイミングで大幅な値上げを提示され、郊外や築年数の経った物件への移転・縮小を迫られる中小企業やスタートアップだ。特に人材獲得競争が激しいITエンジニアやデザイナー職では、オフィスの立地や設備が企業の将来性を判断するシグナルとして意識される傾向があり、「オフィス格差」が採用面での格差に直結しかねないという指摘もある。

「実体を失ったオフィス」はどこへ向かうのか

 貸し手が強気の価格設定を維持できる背景には、新規供給の限界と根強い需要がある。日本不動産研究所の予測では、当面は空室率の低い水準が続くとの見方が示されており、この構図が短期間で大きく崩れる可能性は高くないとみられる。

 その一方で、実体を持たない拠点を選ぶ企業が今後も増え続けるとすれば、住所の実態確認をめぐる金融機関や監督官庁の視線は一段と厳しくなることも想定される。バーチャルオフィス自体は合法かつ広く普及した仕組みであり、それ自体を問題視するものではない。しかし、この動きが単なる「賃料の高い・安い」という価格の問題にとどまらず、企業が「オフィスという存在に何を求めるのか」という価値観の再定義を迫っていることは間違いない。都心一等地の“住所”が持つ意味は、これからの数年でさらに変化していくだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=秋田智樹/不動産ジャーナリスト)

【主な参照データ】
・三鬼商事株式会社「オフィスマーケットデータ」(2026年7月時点、都心5区平均募集賃料・空室率)
・日本経済新聞(2026年8月6日付、都心オフィス賃料に関する報道)
・一般財団法人日本不動産研究所「東京・大阪・名古屋のオフィス市場動向に関する予測推計」(2026年版)
・株式会社日本能率協会総合研究所調べ(フレキシブルオフィス市場規模)
・CBRE調査(東京23区オフィス新規需給に関する報道引用)

秋田智樹

秋田智樹/不動産ジャーナリスト

1965年生まれ。国内大手ゼネコンを経てマンション、戸建てから大規模施設の企画・立案から関与し、詳細なデータに基づき分析も行う。

公開:2026.08.12 05:55