東京の商業地価、33年ぶり300万円超の意味…空室率1%台が示す「オフィスの質への逃避」

●この記事のポイント
2026年の基準地価で、東京都の商業地の平均は1㎡あたり300万6700円となり、33年ぶりに300万円を超えた。都心5区の空室率1.87%、グレードA賃料の前年比14.5%上昇などのデータから、良質なオフィスに需要が集まる「質への逃避」を読み解く。内装やWELL認証、フレキシブルオフィスなどの周辺産業と、企業経営への影響も整理する。
国土交通省が9月15日に公表した2026年の基準地価(7月1日時点)で、東京都の商業地の平均価格は1平方メートルあたり300万6700円となった。日本経済新聞によれば、平均が300万円を超えるのは33年ぶりだという。前年からの変動率は11.4%で、区部の調査地点726カ所はすべて上昇した。区部平均は13.3%、千代田・中央・港・新宿・渋谷の都心5区は13.5%上がっている。
基準地価は、都道府県が毎年7月1日時点で調べる土地の価格だ。3月に公表される公示地価(1月1日時点)と合わせると、年に2回、地価の動きを確認できる。東京都の基準地価は全用途平均で14年続けて上がった。
「コロナ禍前に戻った」と言えば話は早い。ただ、中身を見ていくと、元に戻ったとは言いにくい。企業がオフィスに求めるものが変わり、その結果、数の限られた良質なビルに需要が集まっている。本稿では公表データを順にたどり、地価上昇の背景、その周りで動いているお金、企業経営にとっての意味を整理したい。
●目次
数字が示す「量より質」
まずオフィス市況から見てみよう。三鬼商事によると、都心5区の平均空室率は2026年8月末時点で1.87%だった。需給が釣り合う目安とされる5%を大きく下回っている。平均賃料は坪2万3647円で、前年同月より12.46%上がった。
上位のビルは、さらに動きが速い。クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドの調査では、4〜6月期の東京のグレードAビルの空室率は0.6%。平均想定成約賃料は坪4万3096円で、前年同期より14.5%上がった。CBREも同じ期のグレードA賃料を前期比4.3%増としている。需要の中身としては、立地の改善やグレードアップ、同じビルの中での増床を挙げている。
ここで押さえておきたいのは、「出社する人が増えたから床が足りない」という単純な話ではない点だ。リモートワークを一度経験した企業は、社員が来る理由のある場所でなければ人が集まらないことを知った。だから、立地や設備、環境性能の高いビルへ移る。いわゆる「フライト・トゥ・クオリティ(質への逃避)」である。
もちろん、床の量に対する需要も増えている。クッシュマンによれば、東京のオフィスワーカー数は前年同期より約3.8万人多い。直近1年間のネット・アブソープション(新たに埋まった床面積から退去分を差し引いた量)は12万8112坪に達した。働く人が増え、その人たちがより良い場所を求めている。量と質の需要が同時に強まったことが、今回の賃料上昇の特徴だ。
「移転の相談で最初に出てくる言葉が変わりました。以前は『いくら下げられるか』でしたが、今は『採用で見劣りしない場所か』『全員が集まる日に回るか』です。賃料の総額より、社員一人あたりで割に合うかを考える企業が増えています」(不動産ジャーナリスト・秋田智樹氏)
地価に波及する仕組みはシンプルだ。商業地の価格は、その土地が生む賃料収入から逆算される面が大きい。賃料が上がり、空室がなくなれば、ビルの稼ぐ力が上がる。そうなると土地の評価も上がる。
供給側の事情もある。森トラストの調査では、東京23区の大規模オフィスの供給は2025年に113万平方メートルと多かった。ただ、今後5年間の平均は87万平方メートルにとどまり、過去20年平均の77%にとどまる見込みだ。建築費の高騰で完成が遅れる例も目立ち、クッシュマンは東京で計8件、平均25カ月の遅れを確認している。新しい床が増えにくいなかで需要が上位ビルに向かえば、賃料は上がりやすい。
もっとも、地価上昇をすべてオフィスで説明するのは無理がある。都内の商業地で上昇率が最も高かったのは台東区の地点(19.6%)で、浅草周辺の訪日客需要が効いている。店舗やホテル、マンション用地の取得競争も重なっている。オフィスはその主な要因の一つ、と見るのが実態に近い。
周辺産業に流れるお金
移転や改修に予算がつくと、周りの産業も動く。流れは大きく三つある。
一つ目は内装・空間づくりだ。執務席を減らし、ラウンジや打ち合わせスペース、集中用のブース、社内イベントに使える空間を広く取る改修が目立つ。変わったのは工事の中身というより、発注する入り口のほうだ。誰と誰がどこですれ違うのか。どの部署を隣に置くのか。こうした「使われ方」の設計が、工事と並ぶ価値として扱われるようになってきた。
「昔は必要な席数から面積を逆算していました。今は『何のために集まるのか』を聞くところから始めます。そこが曖昧なまま作ると、立派なラウンジでも半年後には誰も使っていない、ということが実際に起きます」(同)
二つ目は、建物の健康・環境性能と、それを運用するテクノロジーだ。WELL認証(建物の健康・快適性を評価する国際認証)やLEEDなどの取得を支えるコンサルティング、在席状況や会議室の稼働、空調を管理するシステムの導入が代表例になる。出社する人数が曜日によって大きく変わる以上、床の使い方をデータで調整しなければ、高い賃料を払った床が空席のままになる。ただ、この分野の市場規模を横断的に示す統計はまだ少ない。今のところは、各社の導入事例から傾向を読み取る段階だ。
三つ目はフレキシブルオフィスだ。ザイマックス総研によると、東京23区の拠点数は2025年12月時点で1964件。1年前の1777件から約1割増えた。このうち1278件が都心5区にある。固定の床を長期契約で抱えるリスクを避け、プロジェクト単位や拠点の分散に使う企業が増えている。本社はグレードAビルに置き、それ以外の機能はフレキシブルオフィスで補う組み合わせも選択肢になる。
企業経営にとっての意味
(1)二極化は「空室」ではなく「投資余力」の差
「築古ビルは空室だらけになる」という見方もあるが、足元のデータはそうなっていない。三鬼商事の集計では、都心5区の既存ビルの空室率は1.71%と低い。市場全体が逼迫しているため、中小規模のビルや古いビルにも需要が回っている。
ただ、ビルの構成には注意が要る。ザイマックス総研によると、23区のオフィスビルは棟数で92%が中小規模だ。その平均築年数は36.0年で、大規模ビルの26.4年より長い。設備の更新にはお金がかかり、建築費は高止まりしている。空調や共用部を更新できるビルとできないビルの差は、需給が緩んだときに表に出やすい。
「今は市場全体の逼迫が、築古ビルの賃料も支えています。問われるのは、需給が緩んだときにも選ばれる理由を持っているかどうかです。耐震や設備更新の計画があるビルとないビルでは、次の調整局面で賃料の戻り方がはっきり分かれるでしょう」(同)
(2)オフィス費用は「総務のコスト」から「経営の投資判断」へ
もう一つの変化は、賃料を据え置けるとは限らなくなったことだ。クッシュマンは、消費者物価指数に合わせて賃料を改定する契約が広がりつつあると指摘している。コストが上がり続けるなら、オフィスに何を期待し、その効果をどう測るのかを経営として説明する必要が出てくる。オフィス移転を総務部門だけの仕事にせず、人事や経営企画が最初から関わる必要性は、今後さらに高まるだろう。
「オフィスを採用の武器と言う企業は多いのですが、効果を測っている企業はまだ少ないです。応募数、内定承諾率、離職率、部署をまたいだ協働の頻度など、移転の前後で何を比べるかを先に決めておくべきです。そうしないと、次の賃料改定のときに経営会議で説明できる材料が残りません」(人事・労務コンサルタントの松本祐樹氏)
(3)出社の「方針」と「納得」のずれ
見落とされやすいのが、働く側の受け止め方だ。Job総研が2026年3月に実施した調査(有効回答327人)では、週5日出社が48.3%で最も多かった。一方、理想の出社頻度は「週3日」と「週1日」がそれぞれ20.8%で並んだ。出社が増える理由で最も多かったのは「会社の方針が変わった」(39.7%)だった。その一方で、76.8%は出社が「必要」と答え、理由には「すぐに質問しやすい」などが挙がった。回答者数は多くないため傾向として読むべきだが、出社そのものが否定されているわけではない。通勤に見合う理由が求められている、と受け取るのが自然だろう。
300万円という数字の読み方
300万円という数字は、コロナ禍前に戻っただけのことを示しているわけではない。企業がオフィスに払うお金の意味が変わったことを示す指標の一つと読める。クッシュマンは、2027〜28年に完成するビルが少ないことから、空室率の低さと賃料の上昇は当面続くと見ている。一方で、賃料負担が増えれば、企業が使う面積を絞る動きにつながる可能性もある。金利や建築費の動き次第で、局面は変わりうる。
ただし、高いビルに移れば解決するわけではない。見るべきは賃料の額より、その床で何が起きているかだ。社員が集まる理由を設計し、効果を確かめ続ける企業と、場所を整えただけで終わる企業。地価の数字の裏側で問われているのは、その違いだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=秋田智樹/不動産ジャーナリスト)
【主な参照データ・出典】
日本経済新聞:東京の商業地、33年ぶり地価平均300万円超え
東京都:令和8年東京都基準地価格の概要
東京都財務局:住宅地・商業地別平均価格等(PDF)
nippon.com(時事):基準地価5年連続プラス
三鬼商事:東京オフィスマーケット
Cushman & Wakefield:東京オフィス Q2 2026(PDF)
CBRE:ジャパンオフィスマーケットビュー 2026年第2四半期
健美家:森トラスト 大規模オフィスビル供給量調査2026
ザイマックス総研:フレキシブルオフィス市場調査2026 / 同2025
ザイマックス総研:オフィスピラミッド2026(PDF)
Job総研:2026年 出社に関する実態調査











