6000万IDの購買データを武器に…伊藤忠・ファミマ・ドコモ・CA「4社連合」が狙う次の市場

●この記事のポイント
伊藤忠商事、ファミリーマート、NTTドコモ、サイバーエージェントが出資するデータ・ワンは、約6000万IDの購買データを軸に「Consumer Intelligence Agency」へ転身。AIと人間の分析を組み合わせ、生データを外部に出さない方針のもと、広告から商品開発、物流最適化までデータ活用を広げる構想を国立冬樹社長に聞いた。
生成AIの普及とサードパーティーCookie規制の揺らぎを背景に、生活者の購買データをめぐる主導権争いが激しさを増している。グーグルやアマゾンなど海外の巨大プラットフォーマーが検索・閲覧・購買といった幅広いデータを蓄積し、AIエージェントが「次に何を買うか」という意思決定にも関与し始めるなか、日本では複数企業が保有するデータをどう活用するかが課題となっている。
その空白を埋めようとしているのが、株式会社データ・ワンだ。伊藤忠商事・ファミリーマート・NTTドコモ・サイバーエージェントという、業種も強みも異なる4社が出資する合弁会社として2020年に設立され、コンビニ・スーパー・ドラッグストア・ホームセンターを横断した購買データ付広告IDの基盤を武器に、6年目にして事業規模を0から数百億円規模へと拡大させてきた(同社説明による)。
2026年8月、データ・ワンは自らを「広告代理店」ではなく「Consumer Intelligence Agency(コンシューマー・インテリジェンス・エージェンシー)」と再定義するリブランディングを発表した。単に広告枠を売る会社から、企業の商品開発や物流の意思決定にまで踏み込むデータ基盤への転身である。本稿では、代表取締役社長の国立冬樹氏に、この転身の背景と、海外テック企業とどう向き合うのかを聞いた。
●目次
広告代理店とのギャップは「なかった」
国立氏がデータ・ワンの代表取締役に就任してから、1年半が経つ。就任当初、社外から見た「広告代理店」というイメージと、実際に中に入って見えた実態にギャップはなかったのか。
「ギャップは実はそんなになくて」
国立氏はそう即答する。もともとリテールメディアという市場を切り拓くエージェンシーとして立ち上がった会社であり、広告代理店的な立ち位置自体は当初から変わっていないという。ただし、既存の代理店と決定的に違う点があると国立氏は続ける。
「データという“もの”とメディアそのものを、エージェンシーである我々自身が最大限活用している。そこが大きな違いです。クライアントからは、競合のシェアと我々のシェアで、どういう属性の人が多くて、その差分はどこにあるのか、といった細かいデータやお客様像を知りたいという要望を、非常に多くいただきます」
背景にあるのは、この10年ほどで進んだ「データの解放」だ。かつては、コンビニのレジで年齢確認ボタンを押していても、そのデータは各社が自社の中だけで活用し、囲い込まれていた。それが変わり始めたきっかけについて、国立氏は小売業界そのものの意識変化を挙げる。
「小売の人たちが、お客様のことを一番わかっているのは自分たちなのに、ずっと物販だけで完結させてきた、と気づいたんです。アマゾンのようなネットプレイヤーは、ECだけでなく広告や金融、クラウド事業まで手掛けて稼いでいる。それなら自分たち小売自身が、他の事業をやってもいいはずだと」
その先行例としてウォルマートの名を挙げ、海外の成功事例がニュースとして伝わったことが、国内の小売事業者の背中を押したと国立氏は振り返る。データ・ワンにとっての転機は、今年8月に踏み切った「Consumer Intelligence Agency」という旗印だ。会社としては今年で6年目、最初の5年間はリテールメディアという市場そのものを作る「立ち上げ期」だったといい、事業規模も0から数百億円規模へと成長したタイミングで、次のフェーズへと舵を切った格好になる。
「単にデータを使っています、メディアを使っています、ではなく、そこから今まで見えていなかった価値をどう創出するか。クライアントが求めているのはそこですし、我々もそこを新たな価値として作り出さなければいけない。そこでブランディングを変えました」
ワンIDでつなぐ、生活者の「複数の顔」
データ・ワンが「見えていなかった価値」を語るとき、核になるのが同社が「Life-Liveデータ」と呼ぶ、10兆円規模の生活消費データだ。コンビニで平日に何を買い、週末にスーパーでどんな食料品を買い、夕方にドラッグストアで何を買うか――業態をまたいだ購買行動が、一つのIDでひも付いている。
「今、多くの事業者さんは、コンビニはコンビニ、ドラッグはドラッグでデータが屋号ごとに切り分かれていて、つながっていません。我々は、世の中でおそらく唯一、それをワンIDでつないでいます」
この横断がもたらす発見は、単純な購買データだけでは見えてこないものだという。国立氏が挙げた例が象徴的だ。
「コンビニで毎日エナジードリンクを購入している人がいて、激務に耐えるビジネスマンタイプなのかなと思ったら、実は週末はドラッグストアで高級な入浴剤を買っていた。平日は体を酷使しても、週末はたっぷりお金をかけてでも自分の体をケアしたい、意識の高い人だったということが、データをつなげて初めてわかるんです」
平日と休日、昼と夜、自宅の近くとオフィスの近く――同じ生活者でも、買い物の文脈によって「人格」は2面にも3面にも分かれる。それを横断して見なければ、生活者が本当に求めているものは見えてこない、と国立氏は語る。この分析を支えるもう一つの要素が、AIの活用だ。同社では200万SKU、10兆円規模の購買データを管理しており、人間の手だけでは分析しきれない規模のデータから、AIが購買ニーズの重なりを洗い出しているという。
AIは事実を出すだけ、解釈するのは人間

分析エンジンの中身について踏み込んで聞いた。需要予測やプロファイリングを支えるシステムは、自社開発なのか、それとも外部の技術に頼っているのか。
「自社でDMP(データマネジメントプラットフォーム)を開発して、そこに全部のデータを入れています。AIも、ジェミニやクロードなど、いろいろなAIを組み合わせて使い倒しています」
インフラの部分では、AWSやDatabricksといった外部のクラウド基盤を利用しているが、その上に乗せるアルゴリズムそのものは自社で開発しているという。分析基盤の土台は外部の技術を借りつつ、その上の知見は自分たちで積み上げる――このハイブリッドな構成が、データ・ワンのAI活用の実態だ。
ここで国立氏が強調したのが、AIと人間の役割分担についての明確な線引きだった。
「AIが出してくるアウトプットは、あくまで参考にしかしないということを全社で徹底しています。ファクトデータと照らし合わせるところもAIを使いますが、最後にそれを解釈して、お客様に出すものにするところは、必ず人が入るようにしています」
小売の現場でよくある誤解を例に、国立氏はその重要性を説明する。ある商品の売上が急に伸びたとき、データだけを見れば「トレンドが来た」と判断しがちだが、実際にはクーポンやキャンペーンが要因であることも多い。その背景を理解せずにAIの出力を鵜呑みにすれば、判断を誤る。だからこそ、業界のトレンドを理解した人間がデータを見にいく必要がある、というのが国立氏の考えだ。
「大事なお子さんを預かっている」という感覚
これだけの購買データとAIの掛け合わせが可能になれば、海外の巨大プラットフォーマーが連携を持ちかけてくることも想像に難くない。実際、複数の動画プラットフォームとは、広告視聴と購買の関連を測定する取り組みですでに連携しているという。だが、その先の一線について、国立氏の答えは明確だった。
「このデータは、小売さんの宝であり、我々はそれをお預かりしている立場です。基本的に、我々の中から外部に生データを出すということは一切ありません。相手がどんな海外のパートナーであっても、向こうのデータを我々のところに入れていただくという形でしか、協業は成立しないんです」
データを預かる側としての意識を、国立氏はこう言い換える。
「本当に大事なお子さんを預かっているのと同じ意識で、データを扱っています。例えば、複数のドラッグストアのデータをお預かりしていますが、それは我々のデータではなく、あくまで各々のドラッグストアのデータです。その活用から生まれた収益をレベニューシェアとして小売さんにお返しするために、我々はこのデータを使う――というルールでやっています」
小売事業者から預かったデータを、外部に出さずに社内で分析し、その果実を提携先に還元する。伊藤忠・ファミリーマート・NTTドコモ・サイバーエージェントという、異なる強みを持つ4社が出資するアライアンス構造も同社の特徴だ。異なる文化を持つ4社が組むことによる化学反応について、国立氏は次のように語る。
「小売の巨大なオペレーションを動かしてきた人、事業開発とコーディネーションでビジネスを作ってきた人、通信インフラをマネジメントしてきた人、新しいデジタルビジネスをやってきた人――それぞれ全く違う経験を持つ人間が組み合わさることで、ベンチャーと大企業のいいとこ取りのようなことができています」
合弁会社ゆえに意思決定が遅くなりそうにも思えるが、実際はその逆だという。
「株主のみなさんとデータ・ワンで事業拡大の方向性は一致しているので、データ・ワンのと株主との判断の間で差異がでることがほとんどなく、また、細かい部分の判断は権限をゆだねていただいていることもあり、スピード感のある意思決定の中で事業推進できています」
広告の先へ──商品開発と物流の最適化
今のデータ・ワンの事業の軸は、あくまで広告だ。だが、資料にはフードロス削減や物流の2024年問題対応といった、広告の枠を超えた活用例も並んでいた。今後、非広告領域への展開をどう考えているのか尋ねると、国立氏は将来的な構想を語り始めた。
「今は、生活者の行動や消費トレンドがどう変わっているか、何を求めている人が今の購買者にいるのかを知って、それを広告のコミュニケーションに展開しています。でも、その生活者像がわかれば、今出ている商品ではなく、本当はこういう商品が求められている、という商品開発にもつなげられる。さらに、その商品をこの時間帯にこの場所で買いたいという人がいるなら、そこに物を届けるようにサプライチェーンを組むべきなんです」
同社では日々2,300万件の購買データから、どの時間帯にどの地域でどんな商品が消費されているかのインサイトを活用していくことで、将来的に物流の最適化等にまで寄与できると考えている。
これだけデータを起点に生活者の行動へ関与する領域が広がれば、その使い方をめぐる倫理観も問われることになる。社内に哲学や倫理を担う人材を置く考えはあるか、との問いに、国立氏はこう答えた。
「そうした知見を持つ人材は、今後採用していく必要があると思っています。同時に、環境が人を育てると思っていて、データで可視化したものを実際にやってみたらどうだったか、というPDCAを回せる環境を我々が持ち続けることが、一番大事だと思っています」
最後に、データを活用する思考をこれから身につけたいビジネスパーソンに向けて、一言をもらった。
「お客さんが本当に何を求めているかを見ようとすることが、一番大事だと思っています。それが一生活者なのか、BtoBの事業パートナーなのかはわかりませんが、その人たちが本当にありたい姿、今抱えている問題を、まず自分の中で突き止めようとする。そのうえで、どのデータをどう分析するかという手段が決まってくる。顧客起点でしっかり見にいくという思考が、一番大事だと思いますね」
生データは外に出さない。しかし、そこから引き出した知見は、企業の商品開発や物流にまで届けていく――データ・ワンが目指す「Consumer Intelligence Agency[草井10] 」の輪郭は、データを囲い込むことではなく、預かったデータの解像度をどこまで上げられるかにある。海外の巨大プラットフォーマーがAIエージェントを通じて生活者の意思決定への関与を深めるなか、4社が組んで築いてきたデータ基盤が、日本企業のデータ活用にどこまで新たな選択肢を提示できるのか。その答えは、これからの数年で見えてくる。
(取材・文=昼間たかし)











