クリエイターの権利と、表現の多様性をどう守るのか――。漫画やアニメ、ゲームを国策として振興しようとする我が国の喫緊の課題だ。
2021年は「表現の自由」が注目を集めた年となった。秋の衆議院議員選挙では、一部政党がイラストや漫画、アニメ、ゲームなどのキャラクターの性表現、いわゆる「非実在青少年ポルノ」の規制に言及した選挙公約を掲げ、物議を醸した。また千葉県松戸市の〝ご当地Vチューバー〟「戸定梨香」を千葉県警がPR動画に起用したところ、全国フェミニスト議員連盟などから「性的」「不快」などと抗議を受ける騒動が起こった。
一方、漫画家をはじめとしたクリエイターの生業を脅かす、海賊版サイトの林立も深刻な状況のままだ。日本が誇るコンテンツを手がけるクリエイター自身が、最大の利益を得られるような仕組みのあり方も問われ続けている。
SNS全盛の時代ではクリエイターやメディア関係者のみならず、全ての国民が「表現の自由」の当事者になり得える。そこでの言動には常に責任が伴う。政治家もまた、国会、地方議会という場で、自身の政治哲学や、それぞれの社会像や国家像を思い描き、論じる“表現者”だ。
漫画やゲーム、イラストなど、誰かの作品や表現に対し、反論や批判、批評することは尊重されるべき大切な言論だ。しかしウクライナ戦争に関するロシア政府の報道規制のように、“特定の表現は有害な可能性があるので法律で禁じて無かったことにしよう”という風潮は、時の世論や政府の方針次第で”規制すべき特定の表現”が次々に変化し、拡大していく危険性をはらんでいる。
実在する人間への性的な人権侵害は許されることではない。性別の多様性や性被害防止にむけた具体的な法整備も急務だが、「表現規制」に関してはより慎重に議論する必要があるのではないか。
大人気漫画『ラブひな』『魔法先生ネギま!』『UQ HOLDER!』(いずれも講談社)の作者であり、日本漫画家協会常務理事・表現の自由を守る会最高顧問の赤松健氏に、これまでの自身の活動と昨今の「表現問題」に関する考えを聞いた。
<以下、インタビュー本文>
著作隣接権問題で森川ジョージ、井上雄彦両氏と“共闘”
――赤松先生は連載を抱え、多忙を極める漫画家業の一方、クリエイターの代表として著作権や表現の自由を守る活動を多年にわたって続けられています。その契機と経緯をお聞かせください。
赤松健氏(以下、赤松) 漫画家としての仕事の他に、2つの活動に注力してきました。1つは、マンガ図書館Z (編集部注:絶版となった漫画、ライトノベル、TRPGルールブックなどを電子書籍として配信するウェブサイト。2010年11月に前身のJコミが仮公開、15年8月に現在の名前に変更)の立ち上げを始めとするデジタルアーカイブ活動です。昔の漫画を掘り出して利活用しつつ、現在の創作活動の宣伝にも回していくというような“漫画のおもしろさ再発見”を目指しています。
マンガ図書館Zは「これからは電子(書籍のブーム)がくる!」という確信があって作ったのですが、ここまで電子書籍の世になるとまでは思っていませんでした。
もう一つは著作権や表現の自由に関するロビー活動です。著作隣接権論争が活動のスタートでした。漫画における著作隣接権とは、漫画を出版する際の“印刷した版面”に関し、出版社の権利が自動発生するというものです。単純に漫画の権利者が増えるというものですが、出版社の悲願でもありました。
文書ならまあわかります。原稿用紙に書いたものを、編集者が版面を考えてレイアウトするからです。しかし漫画は、漫画家がコマ割りも含めてほとんど独力で版面を作っています。出版社はそれを載せて印刷しているだけですから、“自動的に権利をもらえるのは虫が良すぎますよね”と思って反対しているわけです。
そうしたら、同業者の森川ジョージ先生(『はじめの一歩』作者)とか、井上雄彦先生(『SLAM DUNK』作者)などの大御所が応援してくれたんです。
――当時の漫画家はみんな内心では、“おかしいな”と思っていたということでしょうか。
赤松 そうなんですけど、みんな毎日の締め切りに追われていて、いちいち反応できないんですよね。そんな中、この問題に関して、出版社対クリエイターの構図で議論する場がニコニコ生放送(※)で企画され、出演することになりました。
<※1編集部注:『徹底討論 <出版物に関する権利>は是か非か MIAU Presents ネットの羅針盤』https://live.nicovideo.jp/watch/lv99352394>
ニコ生出演にあたり、井上先生は当初、“締め切りでもう間に合わない”という話だったのですが、徹夜で仕上げて駆けつけてくれました。それで森川先生、井上先生ともに著作隣接権には反対の立場です。しかし「詳しい法律の条文まではわからない」という。両先生は「詳しいことはわからないけれど、にらみをきかせておくから!」と言って、私の後ろにガンと座ったんです。あの二人、見た目がカッコイイじゃないですか。しかもグワッと画面をにらみつけているんですよ。
出版社側の出演者は「うわぁぁぁ」という感じで(笑)、出版社側は取締役が出演していたのですが、この討論会は圧勝しました。結局、漫画に関する隣接権は認めないことになりました。その代わり、電子出版権に議論は流れていくのですが、それはまた別の話になります。
――赤松先生は昔、映画監督やプロデューサー志望だったというお話も聞きました。そうした志向性が、ご自身の漫画のみならず、幅広い視野でコンテンツ業界全体を見る活動につながった部分もあるのでしょうか。
赤松 日本大学芸術学部映画学科の映画監督コースを受験しました。1次試験は通ったんですが2次試験の面接で落とされてしまいました。しかし、中央大学に入学後に映画研究会で撮り続けていましたね。その他、アニメも漫画もみんな大学時代にやりました。授業はあんまり出なかったです(笑)
ちばてつや氏らが戦った2010年の都条例改正案
――昨年、再び話題になった「非実在青少年ポルノ」問題に関しても積極的に活動されてきました。
赤松 この問題に関しては「東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案」(※2、以下、都条例)と「児童ポルノ禁止法改正案」(以下、児ポ法)の2つのトピックがありました。
<※2編集部注:2010年2月に都議会に提出された同条例改正案には「第7条(図書類等の販売及び興行の自主規制)の二」に「年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交又は性交類似行為に係わる非実在青少年の姿態を視覚により認識することが出来る方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」との文言が記載されていた。同条文が「表現の自由」を侵害する可能性が高いとして、多くの漫画家やクリエイターらが反対運動に身を投じた結果、同年6月に否決された>
最初に社会問題になったのは都条例改正案です。そのころ活動の中心は、ちばてつや先生(『あしたのジョー』作者)など漫画家界の重鎮がメーンでした。私は活動の中心にいませんでした。ちょうどそのころ、『ネギま!』などがめちゃくちゃ売れていて、自身の創作活動が多忙を極めていました。つまり、ちば先生たちのおかけで私は当時、創作に集中させてもらっていたんです。
そして2013年、国会に児ポ法改正案(※3)が提出された時、山田太郎参議院議員(現・自民党比例区)から日本漫画家協会に連絡あり、私が表に立って活動することになりました。ちば先生や里中満智子先生(『アリエスの乙女たち』作者、日本漫画家協会現理事長)たちからバトンタッチをされたんです。当時、私はまだ40代。今、ちば先生は80代、里中先生は70代、私の代まで20~30歳は離れています。つまり、その間の20~30年に属する世代の漫画家は、割とマンガに集中できていた素晴らしい時代でした。
しかし私の代になってから著作権や表現の自由に関して問題ばかり起こるんですよ。
漫画家協会のロビー活動は、現在、私が代表してやっていますが今、若手で売れている『鬼滅の刃』(集英社)の吾峠呼世晴先生、『進撃の巨人』(講談社)の諫山創先生など、若い人たちには創作に集中してほしいと思っています。
<※3編集部注:児ポ法改正案の経緯に関する山田太郎議員のインタビューはビジネスジャーナル2021年10月29日付記事『衆院選、共産党「非実在児童ポルノ」めぐる選挙公約への疑問点と矛盾点』『共産党の公約で「非実在児童ポルノ」が衆院選の争点化…表現規制問題の論点整理』https://biz-journal.jp/2021/10/post_259627.htmlで詳報した>
引き継がれたクリエイター代表としてのロビー活動
――最近の表現規制に関するネット上の議論の状況をどのように見ますか?
赤松 漫画やアニメの「規制強化」を主張する人たちの根拠になっているのは、国連から来るジェンダー系の勧告などです。「国連からこういうのを求められているよね。だから日本もこうしなさいよ」というような理論ですが、そもそも海外より日本のほうが児童性虐待も犯罪自体も少ないし、漫画やアニメに影響されて悪いことをするのだというエビデンスも示されていません。
「多様性を掲げているのに、自分たちの認める多様性以外は認めない」という趣旨の主張もよく見かけます。コンテンツにおける「男女の比率」や「人種の比率」、「声優の人種」などにこだわり、「多様性」は「我々が主張しているこの一つしか認めない」、そんな外からの圧力が根本にあると考えています。
例えば、大阪府の表現ガイドラインにある「女性をアイキャッチとして使わない」というのも、そうした勧告の流れを汲んで書かれたものです。しかし、我々クリエイターや出版社は、そういう主張に対する適切な反論や説明を、この20~30年間殆どしてきませんでした。
これからはクリエイター自身が世界に出て、日本の漫画の面白さ、素晴らしさを自分の言葉であらためて主張する必要があると思っています。
昨年7~8月に開催された東京オリンピックでは、各国選手団入場の際、国名を記したプラカードが漫画の吹き出しの形になっていましたよね。もう世界では、日本と言えば漫画の国なのです。またフランスのマクロン大統領が、日本の漫画家さんに会いたいと熱望し、結局真島ヒロ先生(『FAIRY TAIL』作者)や大友克洋先生(『AKIRA』作者)に会えてご満悦だったという事例もありました。
漫画やアニメを通じて日本の良さを海外に知らしめて、そこから友好を深めていく。規制が蔓延する世界ではなく、“もっと素晴らしい自由な創作の世界があるんだよ”ということを紹介し、日本の漫画やアニメやゲームなどに対する外からの圧力を緩めていきたいと思っています。
しかし、漫画家はとにかく忙しく、“訴えかけ”ができないのです。私が児ポ法改正案の議論で谷垣禎一法相(当時)に面会に行った時は、週刊連載をしていました。(そうしたロビー活動と画業を並行すれば)掲載漫画誌の読者アンケートのランキングも落ちてしまいます。私は漫画家を28年もやってきましたから、ある程度やりきりました。でも、若い人たちには創作に集中してもらいたい。
――ちば先生がかつて先陣を切って活動されていた時に、赤松先生が創作に集中できていたように、今度は若い先生たちに集中してもらうということでしょうか。
赤松 思う存分、やってもらいたいです。
例えば、今、現役で連載している超人気作家の先生が表に出てきて、自民党にロビイングされても国民みんなが困惑すると思うんです。「今は連載に集中してほしい」と。そういう意味で、私のようなある程度売れ切った漫画家が、こうした活動をするのがちょうどいいわけです。
私は自分の作品のおかげで、総務省とか外務省とかに行っても、(対応する官僚に)「読んでいました」「ファンです」って言ってもらえるんですよね。『ラブひな』は東大受験をテーマにした話なので、官僚にも読んでいてくれた人が多いみたいです。
【後編に続く】
(構成=T―PRESS編集部、取材協力=赤松健/漫画家)
※本稿は一般社団法人同盟通信新社『TーPRESS4月号』との共同企画により、両媒体に掲載します。