岸田政権の積み上げ型の大型経済政策、大した経済効果がないことが国民にバレ始めた
岸田政権の大型経済対策が不評だ。「傷んだ経済を立て直し、(中略)自律的な経済成長を実現していきたい」(松野官房長官)と意気込んだが、国民や市場からの評価は良くない。今はコンセンサスを得にくい時期であることは間違いないが、高評価を得られなかった最大の要因は、個別施策の積み上げで、全体像が見えにくかったことである。
今回の経済対策に限って批判が殺到した理由
政府は2021年11月19日の臨時閣議において55.7兆円の大型経済対策を決めた。民間の支出なども含めた事業規模は79.8兆円であり、金額だけを見れば超大型の経済対策といってよい。これまでの時代であれば、「過去最大規模の経済対策によって、日本は成長軌道へ!」といった記事が紙面に踊るはずだったが、そうはならなかった。今回の経済対策に対するメディア各紙や専門家の評価は総じて低い。
日本ではいつものことなのだが、立案される経済対策のほとんどが各省の予算要求の積み上げであり、全体的なビジョンや方向性を定め、そこに向かって予算を落とし込んでいくという策定手法は用いられない。このため全体像が散漫になり、金額の大きさだけが一人歩きするケースがほとんどだった。これはどの政権でも同じであり、岸田政権に限った問題ではない。
日本経済は低迷が続いているものの、「まだ大丈夫だ」という意識を持つ人が多く、政府の経済対策についても、自身の問題として捉える人は少なかった。このためメディアも、「大型景気対策によって、日本経済は力強い成長へ」といった情緒的な見出しを書けたのである。
ところがコロナ危機は、こうした日本人の甘い幻想をすべて吹き飛ばしてしまった。現実問題として生活苦に陥る人が急増し、そこまではいかなくても昇給の停止や配置転換など厳しい状況に追い込まれた人は多い。あまり関心を寄せていなかった政府の経済対策についても、あらためて「本当に効果があるのか」「どこにお金が回るのか」といった視点を持った人が多いと考えられる。
従来であれば批判の対象にならなかった積み上げ型の経済対策も、国民の意識が変化する状況においては、厳しい視線にさらされることになる。今回の経済対策の評判が良くなかったのは、自然な流れと考えてよいだろう。
景気対策なのか再分配政策なのか?
ではあらためて経済対策の中身を見てみよう。主な予算項目としてはては、(1)コロナ対策、(2)経済再開への備え、(3)新しい資本主義関連、(4)国土強靱化、という4つで構成されている。
このうちコロナ対策は財政支出が22.1兆円と最大規模であり、病床確保を目的とした交付金、事業者向け支援金、住民税非課税世帯に対する10万円の給付金などで構成される。この項目はコロナ対策として必要性の高い施策が多く並んでいるが、逆にいえば、景気浮揚効果はそれほど大きくない。政府が、景気対策よりもコロナ対策を重視していると明確に説明した上での予算であれば、少なくとも一貫性は担保される。賛否は分かれるかしれないが、輪郭がぼやけた予算という批判は出なかった可能性が高い。
ところが、(1)以外の予算項目は基本的に景気対策を主眼としたものとなっており、比率からすればむしろ景気対策を重視したようにも見える。だが、各項目を詳細に分析すると、そうとも言えなくなってくる。
経済再開への備えについては9.2兆円が確保されているが、このうち6.8兆円は予備費である。主要項目は1兆円のGoToトラベルのみとなっており、経済再開に向けた本格的な予算項目とはいいがたい。さらに方向性が不明瞭となっているのが(3)の新しい資本主義関連の支出である。
全体では19.8兆円とコロナ対策に匹敵する規模となっており、この中には看護師・介護士らの賃上げ費用、18歳以下への10万円相当の給付金など、岸田政権が掲げる分配政策に関する項目が並ぶ。看護師・介護士らの賃上げや10万円給付については、内容の是非はともかく岸田政権らしい予算であることは間違いない。だが一方では、2兆円ものマイナポイント費用が計上されている。
マイナンバーカードの取得についてポイントを付与すれば、その分だけカードの利用者は増えるだろうが、そもそも多くの国民が必要性を感じていないことが普及が進まない最大の理由である(マイナンバー自体は2015年に全国民に付与されており、行政事務の効率化という点では、目的はすでに達成されている)。
国民が必要性を感じていない施策にポイントを付けて利用を促進したところで、大きな経済効果を発揮しないのは明らかであり、当然のことながら所得再分配やコロナからの経済再開には直接関係しない。これが岸田政権の言うところの「新しい資本主義」なのか非常に疑問だ。
米国の予算は方向性が明確
将来への投資という点においては、大学ファンドに対する5.5兆円の支出や蓄電池関連への1000億円の支出などが列挙されているものの、各予算項目の方向性の乖離が激しく、方向性を見えにくくしている。(4)の国土強靱化も同様で、景気対策なのか必要な投資なのかという位置付けが不明瞭だ。
日本の公共インフラは劣化が進んでおり、改修などに多額の投資が必要なのは以前から分かっていたことである。かつて公共事業は景気対策の中心に位置付けられていたが、インフラの維持すらままならない現状においては、景気対策ではなく、恒常的な予算項目として処理すべき対象といってよいだろう。意地悪な言い方をすれば、元来、必須だったインフラ支出を景気対策に付け替えただけと言い換えることもできる。
一連の項目について整理すると、もともと支出が必要だった項目や、あらたに要求が出ている予算などを単純に積み上げ、後付けで4つの項目に分類した形になっている。最初に予算の方向性を定め、それに対応する予算項目に落とし込んだわけではないので、方向性が不明瞭になるのは当然の結果だ。
ちなみに米国のバイデン政権は、総額1兆ドルのインフラ投資を決めたばかりであり、20日には下院が200兆円の子育て教育支援・気候変動対策の法案を可決している(上院はまだ可決していない)。200兆円の法案が通った場合、合計で300兆円の財政支出が行われるが、内容はインフラ投資や再生可能エネルギー、人工知能、教育支援、子育て支援なので、次世代社会や産業の育成に主眼を置いていることは一目瞭然である。
コロナ対策への支出については、給付金などの直接的支援から、次世代投資を兼ねた間接支援にシフトしており、その賛否は別として方向性は明確である。
日本は医療体制の整備やワクチン接種が遅れたことに加え、経済の基礎体力が欧米と比較すると圧倒的に低く、欧米各国と同じペースで経済再生を実現するのは難しい。そうした現実を前提にするのであれば、低所得者への給付など社会保障的な側面を強調したほうが効果的だっただろう。
一方、米国のように今後の成長促進に舵を切るのであれば、ポイントといった場当たり的な施策ではなく、再生可能エネルギーなど次世代技術に対する思い切った投資が必要だったはずだ。
各省の要求を積み上るという従来型の予算策定プロセスを見直さない限り、焦点がぼやけた予算が今後も立案される可能性は高い。
(文=加谷珪一/経済評論家)