中国の習近平総書記が2017年中国共産党大会で「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」を唱えて以降、習近平への個人崇拝、神格化の動きは一段と強まっているように見える。習近平思想の「中国の特色ある社会主義」とは鄧小平が始めた社会主義市場経済を指すが、「新時代」については若干説明を要する。鄧小平が改革開放を本格的にスタートさせた1990年当時の社会矛盾は貧困であった。それから30年が経過して、中国は高成長の結果、生活にややゆとりある「小康社会」を実現したが、社会が豊かになると、所得格差、環境破壊、党幹部による汚職、あるいは外交軍事面での緊張など新たな矛盾が生まれてきた。これが中国が直面する新時代を意味する。これを習近平思想で克服しようというのが習近平の主張である。
習近平思想はその後、外交、法務、経済、環境、軍事、文化と分野ごとに細分化されている。第1が「習近平外交思想」であり、大国外交を進め、欧米が主導するグローバル・システムの変革を目的としている。国連や各種の国際機関でトップポスト獲得を目指し、グローバルサウスを味方につけて、国連改革、WTO改革などを実現して、中国に有利な世界システムを構築する計画だ。第2が「習近平法治思想」であり、全面的な法に基づく国家統治を実現するとしているが、一党独裁の共産党の価値観に基づいた法治であり、それに抗う意見は取り入れられず、法治の透明性も確保されていない。
第3は「習近平経済思想」であり、これまでのように規模を重視した経済成長ではなく、質の高い成長を実現するとしている。「中国製造2025」にあるように製造大国から製造強国への転換などを指しているようだ。第4は「習近平生態文明思想」であり、改革開放による高成長によってもたらされた水や空気などの環境汚染の反省から、環境保護による「美しい中国」の建設と「美しい地球」の共同建設を目指す。
第5は「習近平強軍思想」であり、戦って勝利する世界一流の軍隊をつくるとしており、従来の陸海空軍の強化だけでなく、近代戦争に備えて、宇宙、サイバーなどテクノロジー重視の新時代の人民解放軍の実現である。ただし、軍は「党の指揮に従い」としており、人民解放軍は国家の軍隊ではあるが、同時に党の軍隊であることを確認している。
「習近平文化思想」
上記の5つの思想は戦術的な意味合いが強いが、今年10月全国宣伝思想文化工作会議で登場した「習近平文化思想」は国民の精神に働きかけて、習近平及び党への信頼と忠誠を高めることを目的としている。文化という言葉が使われているので誤解しがちだが、この全国宣伝思想文化工作会議は5年ごとに開かれていた全国宣伝思想工作会議を引き継ぐもので、名称に文化が追加されたが、プロパガンダ、思想教育の一環であることに変わりはない。習近平は「中華民族の偉大な復興は重要な時期に入った。戦略的な好機とリスク、試練が共存し、宣伝思想文化工作が新たな情勢、新たな任務に直面している。習近平思想を指導理念とし、全党の武装と人民の教育に焦点を絞るべき」と指示を出している。
習近平文化思想は
・宣伝思想文化工作に対する党の指導の強化
・強大な求心力と牽引力を持つ社会主義イデオロギーの建設
・社会主義の核心的価値観の育成と実践
・報道・世論の伝達力と誘導力、影響力、社会的信頼性の向上
・中華の文脈の継続と中華の優れた伝統文化の創造的転換と革新的発展の推進
・国際伝達力の建設強化と文明交流・相互学習の促進
などから構成されるが、プロパガンダ、世論誘導、中華文化の国際的影響力を高めることで、共産党一党独裁体制と習近平神格化を推進しようという意図に変わりはない。その目的のためにメディア、情報、文芸などの分野においても言論統制を一段と強化するものと理解しておくべきだろう。
(文=中島精也/福井県立大学客員教授)