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江川紹子の「事件ウオッチ」第207回

【安倍元首相襲撃】江川紹子が危惧するカルトと政治家の危険な関係

文=江川紹子/ジャーナリスト
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首相在職時の安倍晋三氏
首相在職時の安倍晋三氏

 選挙戦の終盤、公衆の面前での安倍晋三元首相への銃撃・殺害の事件は、本当に衝撃だった。あってはならない蛮行だ。家族に何も言い遺すこともできず、突然命を奪われた安倍氏の無念はいかばかりかと思う。

 まさか日本でこんなことが……。国内外の多くの人がそう思っただろう。同じ声を、1995年3月に地下鉄サリン事件が起きた際にも聞いた。あれから27年。今回の事件も、やはりカルトがらみの様相を呈してきた。いずれも武器は自家製である。

「自主的」「自発的」では決してない寄付の実態

 地下鉄サリン事件は宗教団体のトップが指示した組織ぐるみの犯罪だったのに対し、今回のケースは今のところ、犯行になんらかの組織の関与が伝えられているわけではない。しかし、現時点で伝わってくる容疑者の供述内容がその通りであれば、本件もまた、カルトがもたらした悲劇といえるのではないか。

 報道によれば、逮捕された山上徹也容疑者は、父親の死後に母親が統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に入信し、多額の献金によって破産するなどして家庭が崩壊した事情を語り、「絶対成敗しないといけないと恨んでいた」(7月10日付け読売新聞)と述べている。

 これについて、寄付を募る行為はどこの教団でもやっているではないか、という人がいる。たとえば、タレントの東国原英夫氏は民放のテレビ番組で「日本には宗教の自由がありますから、その範囲内での自己責任、自主的な信仰だと僕は思います」と述べた。不見識も甚だしい、と思う。

 こうした団体の信者にとって、教団への寄付をしない自由はないに等しい。教団への寄付行為は死後の救いにつながる善行とされるが、その「救い」は地獄やサタンの恐怖とセットで教え込まれる。このため、外形的には「自発的」に見えても、教団の特異な価値観に心を縛られた信者にとっては、教団が教える“善”を極限まで遂行するしか選択肢がないのだ。

 本人には自由な選択と思わせて、実際には心を支配し、支配者が思うように行動させるのがマインドコントロールの怖さである。山上容疑者の母親も、そうして「自発的に」すべてを搾り取られたのではないか。

 安倍氏襲撃の加害者である山上容疑者も母親も、教団との関係に限っては、被害者といえよう。残念なのは、山上容疑者がその被害を相談し、人生上の困難を少しでも軽減する手立てがとれなかったことだ。適切な相談者に巡りあえていれば、ここまで被害者意識を肥大化させ、復讐心を高めることはなかったのではないか。そういう機会がなかったのは、山上容疑者にとっても、被害者である安倍氏にとっても、さらには国民にとっても不幸だった。

統一教会系の団体「宇宙平和連合」にて安倍晋三氏が行った“基調演説”

 教団への恨みを募らせた容疑者は、当初は教団幹部を狙うつもりだったが、接触が難しく、代わりに「(教団と)つながりがあると思った」安倍氏をターゲットにした、との供述が伝えられている。

 統一教会は、その創始者の文鮮明氏が安倍氏の祖父・岸信介氏と面会するなど、その反共イデオロギーと草の根の政治活動で、右派政治家との近しい関係を築いてきた。

 安倍氏についても、かねてから週刊誌や書籍などで教団との近しさが報じられていた。ただ、新聞やテレビなどのマスメディアでは話題にされていないので、知らない人も多かったのではないか。

 今回も、教団が一部のメディア(全国紙、NHK、民放キー局と通信社)に限り、雑誌やフリーランス記者を排除する形で記者会見を開き、容疑者の母親が信者であることを認めるまで、大手メディアでは教団名を明かさなかった。

 2006年、統一教会の合同結婚式を兼ねたイベントに、当時官房長官だった安倍氏を含め、自民党の国会議員7人が祝電を送っている。また、統一教会系の月刊誌は何度も安倍氏の写真を表紙に掲げた。

 萩生田光一衆院議員や中川雅治参院議員など安倍氏に近い国会議員らが、統一教会のイベントに来賓として招かれたこともある。第1次安倍政権の時に、首相第一秘書官となった井上義行・参議院議員は、今回の参議院選の最中にも、若い信者向けのイベントで大学生信者を対象にしたトークセッションを行うなど、緊密な関係を隠そうとしない。

 ただし、安倍氏本人がそうしたイベントに顔を出して、挨拶をしたという話は、私自身は昨年まで聞いたことがなかった。安倍氏自身は、統一教会との距離には気を遣っていたのかもしれない。

 ところが、昨年9月12日、そうした気遣いを一挙に振り捨てたような出来事があった。統一教会系の団体「宇宙平和連合(UPF)」が韓国の会場とオンラインで行った「神統一韓国のためのシンクタンク2020 希望前進大会」である。UPFは、統一教会の開祖である故・文鮮明氏と妻の韓鶴子・現平和家庭連合総裁がアメリカで設立したNGOだ。

 このイベントで、安倍氏はトランプ前米大統領に続いて、ビデオメッセージの形で基調講演を行った。内閣総理大臣の職を辞してちょうど1年。もう、こうした団体との関係を気遣う必要はないと思ったのだろうか。あるいはトランプ氏も登場するからいいだろう、という判断だったのだろうか……。

 その演説のなかで安倍氏は、韓鶴子総裁の名前を挙げて「敬意」を表し、UPFについて「家庭の価値を強調する点を高く評価します」などと持ち上げた。そのうえで、「偏った価値観を社会革命運動として展開する動きに警戒しましょう」と呼びかけた。

 これに対して、霊感商法など統一教会がもたらす被害の訴えに対応している全国霊感商法対策弁護士連絡会は、抗議文を安倍氏に送付している。そこには、UPFのイベントでの安倍氏講演に「深く失望」したと述べたうえで、次のように書かれている。

〈安倍先生が、日本国内で多くの市民に深刻な被害をもたらし、家庭崩壊、人生破壊を生じさせてきた統一教会の現教祖である韓鶴子総裁(文鮮明前教祖の未亡人)を始めとしてUPFつまり統一教会の幹部・関係者に対し、「敬意を表します」と述べたことが、今後日本社会に深刻な悪影響をもたらすことを是非ご認識いただきたいと存じます。

 安倍先生が今後も政治家として活動される上で、統一教会やそのフロント組織と連携し、このようなイベントに協力、賛助することは決して得策ではありません。是非とも今回のような行動を繰り返されることのないよう、安倍先生の名誉のためにも慎重にお考えいただきますよう強く申し入れます〉

 この弁護士たちの懸念は、予想とは違う形だったろうが、現実のものとなってしまった。

日本社会は、カルトがもたらす社会悪を軽視してはいまいか

 山上容疑者も、このビデオメッセージを見て、安倍氏と教団には「つながりがある」と思ったようだ。

 霊感商法対策弁連は、2018年と2019年にも全国会議員に宛てて要望書を送り、旧統一教会(現・家庭連合)関連のイベントに参加したりメッセージを送ったりしないよう、また選挙での応援などを受けないよう要請している。そこでは、教団がいかに反社会的な集団であるかを具体的に説明したうえで、こう述べている。

〈これらの活動を行う反社会的団体と、国民あるいは住民を代表すべき政治家が、名目の如何を問わず協力関係を持つべきではないと考えるのは、政治家の廉潔性の観点から当然のことではないでしょうか。オウム真理教のイベントに出席したり、祝辞を送る政治家がいるとしたら、皆さんはどうお感じになるでしょうか。程度の差はあれ、反社会的行為を組織的に行っていることに違いはありません。

 家庭連合は単なる宗教団体ではありません。反社会的行為を組織的に行ってきた団体であり、今もそれを続けているのです〉

 今回の参議院議員選挙でも、信者が選挙運動に動員されていた、と聞く。教団との関係を、あまり隠さない候補者もいた。しかし、反社会的な行為が批判され、裁判でも何度も違法行為を指摘されている団体と政治家の近しい関係は、不幸しかもたらさないと思う。ぜひ、関係を改めるよう、一国民として願ってやまない。

 また、家族がカルトに入信したために、その子どもが教義に基づいた生活を強いられたり、家庭が崩壊したりするケースは、統一教会やその分派に限った話ではない。オウム真理教でも、そうした事例はたくさんあった。別の団体でも、幼い頃から教義を教え込まれて育ち、人生の選択肢が著しく制限されてしまった例なども聞く。

「カルト二世」もしくは「宗教二世」と呼ばれるそうした子どもたちのなかには、誰にも相談できず、1人で悩みを抱えている人もいる。その悩みに適切に対応できる場や機会、人材が必要だ。

 日本社会は、カルトがもたらす社会悪を軽く見過ぎてはいなかっただろうか。地下鉄サリン事件の後、オウム真理教の実態が広く伝わって、その認識は少し改められたと思う。けれども、平成最後の年に、長い逃走の末に逮捕されたオウム逃走犯の刑が確定し、麻原彰晃こと松本智津夫ら13人の死刑が執行されて、カルトを巡る問題は一件落着したような雰囲気に陥っていなかったか。

 人の心を特異な価値観で支配し、人の人生や人間関係を破壊したり、人権侵害や反社会的行為を引き起こりするカルトは、オウムだけではない。また、宗教に限らず、政治的な陰謀論のグループやマルチ商法など経済的な団体にも、カルト的な集団はある。

 もう一度、カルト問題を見つめ直して、どのような対策が必要なのかを議論する必要があると思う。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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