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キスマイは「キムタクがいれば第2のSMAPになれた」…“悲運のアイドル”の栄光と挫折

文=藤原三星
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めでたくデビュー10周年を迎えたKis-My-Ft2(キスマイ)。今でこそ7人の個性がさまざまな番組などで発揮され、中高年層にも認知されるようになったが、デビュー前後の彼らはまさに“悲運のアイドル”だった…。(画像は9月15日にavex traxから発売された『SO BLUE / Fear』初回盤Bのジャケット)

 今年デビュー10周年を迎えたKis-My-Ft2キスマイ)。2011年8月10日のデビュー以降、誰ひとり欠けることなく7人で活動を続けてきた彼らだが、“エリート集団”であるはずの「デビュー組ジャニーズ」のなかでも、彼らは苦労人といわれ続けてきた。メモリアルイヤーである今年、『金スマ』(TBS系)をはじめさまざまな番組で「キスマイ10年史」が取り上げられているが、クローズアップされたのはやはり、彼らの不遇時代。

 ジャニーズに詳しいあるスポーツ紙記者はこう語る。

「キスマイがグループとして結成されたのは2005年。当時からジャニーズジュニアのなかでの人気はありましたが、他グループでのデビューに漏れたメンバーが多い“寄せ集め集団”でした。ジャニー(喜多川)さんから『ローラースケートがはやる』と言われ、ずっとそれを売りにしていましたが、人気はジャニーズファンのなかだけ……の鳴かず飛ばず状態がしばらく続きましたね。

 2007年には後輩であるHey!Say!JUMPに先を越される形でCDデビューされてしまい、やっと彼らがCDデビューできたのは、結成6年目の2011年。最年長の北山(宏光)くんは26歳まであと2カ月というタイミングで、メンバー全員がすでに20代という、ジャニーズのなかではかなりの遅咲きでした。しかも、デビュー発表直後に東日本大震災が起こり、デビューが3カ月延期されるという悲運も。

 さらに、やっとデビューできたかと思いきや、その3カ月後には、キラキラの王道アイドル路線のSexy Zoneがデビュー。平均年齢14.4歳の彼らが『ワールドカップバレーボール2011』のスペシャルサポーターという肩書を引っさげて登場すると、キスマイはデビュー3カ月めにして、早くも“脇道”に追いやられてしまったのです」

SMAPマネージャー飯島氏が望んだ“第2のSMAP”という大きな夢は、SMAP騒動で潰えた

 デビュー後も彼らの苦悩は続いた。

 フロントメンバーの3人(北山、藤ヶ谷太輔、玉森裕太)には注目が集まるのに対し、後列の4人(千賀健永、宮田俊哉、横尾渉、二階堂高嗣)は衣装も適当で、バックダンサーのような扱いになることも。グループ内格差が浮き彫りになり、不穏な空気も漂ったというが……そんなキスマイを救ったのが、当時SMAPのメンバーであった中居正広だった。

「バックダンサー扱いだった4人を中居さんがテレビ番組内でネタにし、『舞祭組』としてデビューさせたことで、キスマイというグループが非常にわかりやすくなりました。以後、テレビ露出も急激に増え、人気が安定してきたという意味では、この『舞祭組』結成がキスマイのブレイクポイントでしょうね。

 そもそもキスマイは、当時SMAPのマネージャーだった飯島(三智)さんが“第2のSMAP”として育てようとしていたのは有名な話。結局、飯島さんがジャニーズ事務所を退所することになり、2016年にSMAPも解散してしまったため、そのプランは夢半ばで潰えてしまいましたが、ほかのグループと比べれば当時からバラエティ露出が多かったことが、現在の活躍に繋がっているのでしょう。デビューしてすぐに深夜で冠番組を持ったり、今もグループでゴールデン帯のレギュラー番組を持つなど、タレントとしての実力は相当なもの。『プレバト‼』(TBS系)でも俳句やアート作品で意外な才能を発揮しており、中高齢者からの認知度も高い。“第2のSMAP”にはなりそこねましたが、SMAPの“遺志”を感じさせる唯一のグループではあるでしょうね」(前出・スポーツ紙記者)

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グループ内格差が明らかだった後列の4人(千賀、宮田、横尾、二階堂)をイジって『舞祭組(ぶさいく)』と命名・デビューさせたのは、ジャニーズの先輩・中居正広の愛としかいいようがない。(画像は2018年に‎avex traxから発売されたDVD『舞祭組村のわっと! 驚く! 第1笑』ジャケット)
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