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スズキ、100万円台のEV販売へ…日本の自動車業界全体の救世主に

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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スズキ・ジムニー(「Wikipedia」より)

 自動車大手のスズキが、2025年までに実質負担額100万円台の電気自動車(EV)の国内投入を目指す。スズキは、多くの消費者にとって手が届きやすい低価格のEVの生産に集中し、さらなる成長を目指したい。

 それは日本の自動車業界、さらには日本経済にとっても重要だ。現在、世界経済全体でEVシフトが鮮明だ。しかし、国内の自動車業界はハイブリッド車(HV)重視の姿勢を転換することが難しく、EVシフトに遅れている。自動車業界全体で先行きを楽観できる状況ではないが、スズキの取り組みは日本の自動車業界が遅れを挽回する重要な要素になり得る。

 その一方で、スズキには克服すべき課題もある。特に、リコールが続いている点は軽視できない。ある意味でそれは、組織の心理が不安定化している裏返しに見える。それに加えて、同社の半導体調達体制にも不安が残る。経営陣が組織全体の集中力を高め、加速化する環境の変化に確実に対応できる体制を整備、強化することが中長期的な事業運営に大きく影響するだろう。

加速する世界的なEVシフト

 脱炭素やデジタル化の加速を背景に、世界全体でEVシフトが加速している。国内でのHV需要や雇用の維持などを背景に、日本経済の対応は遅れている。その結果として、自動車に依存した経済運営の先行き懸念が高まっている。

 EVの生産はデジタル家電のようなユニット組み立て型に移行する。それに伴って、世界の自動車産業が、スマートフォン生産のような国際分業体制に移行する展開も想定される。EVシフトによって、日本の自動車メーカーが磨いてきたすり合わせ技術の比較優位性は低下するだろう。

 それは、自動車メーカーが支えた日本の経済構造に大きな逆風だ。内燃機関を中心にすり合わせ技術を磨き、すそ野の広い産業構造を維持してきた自動車関連の産業が雇用を維持することは難しくなる可能性が高まっている。日本企業がEVシフトに対応して生き残りを目指すためには、EVをはじめとする自動車の電動化技術の多様化を早期に実現することに加え、再生可能エネルギーの利用やバッテリーや充電インフラ整備関連分野での取り組みを増やすことも欠かせない。EVシフトは日本の自動車産業に自己変革を求めている。

 その状況下、スズキは100万円台のEVの国内投入を目指している。いかに早く、より低価格で航続距離の長いEVを市場に投入できるかが、スズキの生き残りを左右するだろう。スズキにとって、経営意思決定のスピードの重要性は格段に高まっている。

 スズキの取り組みは他の自動車メーカーにとっても重要だ。同社はトヨタが中心となって形成した商用車のコンソーシアムに参加している。コンソーシアムに参加しているいすゞは、航続距離の長いEVトラックの実用化にめどをつけたようだ。その中でスズキが低価格の小型EVの実用化を早期に実現すれば、自動車メーカーなどがより使い勝手の良いEVを開発し、世界市場に投入する可能性は高まる。EVシフトによって世界の自動車産業で異業種を巻き込んだ合従連衡が進んでいる状況下、スズキには自動車業界でのオープンイノベーション加速の原動力となってもらいたい。

想定されるスズキのEVシフト戦略

 スズキのEVシフト戦略は、大きく2つの要素から構成されると考えられる。

 一つ目が、スズキのコアコンピタンス=強みである小型車の製造技術の活用だ。同社は、軽量化、耐久性、安全性の向上を実現する製造技術に磨きをかけ、“安くて、性能の良い自動車を作る”という強みを発揮してきた。EV生産ではコストの3~4割をバッテリーが占める。車体の軽量化技術、原価低減を支えたサプライヤーとの関係は、EVの価格引き下げと航続距離の延長などに欠かせない。その点で、軽自動車分野の製造技術が応用できる部分は多いだろう。

 二つ目が、インドの労働コストの低さだ。インドの一人当たりGDPは中国の約5分の1の水準だ。インド政府は製造業の育成によって国内の雇用基盤を強化し、さらなる経済成長を実現したい。その環境はスズキがインドで現地のニーズに合ったEVを開発、生産し、世界戦略につなげるチャンスだ。新型コロナショックの発生によってシェアは低下したが、スズキはインドの自動車市場で47.7%(2020年度実績)のトップシェアを誇る。スズキがインドの経済界、政府などと構築してきた関係などを活かして世界的に競争力のあるEVを生み出すことは可能だろう。その上で、インドで生産したEVをスズキが日本国内に導入する展開も考えられる。

 ただし、以上の事業戦略を進める上での課題もある。

 まず、インド市場においてスズキは競争の激化に直面している。近年、韓国の現代自動車やインドの自動車メーカーの成長が著しい。その結果、インド自動車市場でのスズキのシェアは徐々に低下している。それに加えて、スズキはバッテリーの生産、あるいは調達体制を短期間で強化しなければならない。インドでは中長期的な車載用などのバッテリー需要増加期待が高く、マヒンドラ・アンド・マヒンドラは韓国のLG化学と車載バッテリーで提携した。インドにてスズキは東芝やデンソーとHV向けのバッテリー生産を目指しているが、中国や韓国のバッテリーメーカーの事業展開スピードは速く、投資規模も大きい。スズキは原材料を含めたバッテリー、車体生産のカーボンニュートラルな生産体制の構築にも取り組まなければならない。

重要性高まる組織の集中力引き上げ

 スズキに求められる取り組みは、加速化するEVシフトやインドでの競争激化など、熾烈さを増す事業環境の変化にしっかりと対応できる体制を整備することだ。現在、スズキの組織的な集中力は不安定化し始めている可能性がある。リコール問題はその兆しに見える。

 その背景には、複数の要因がある。まず、環境変化の加速化によって自社の先行きへの不安心理が高まっていることが考えられる。その一方で、組織の内部にはこれまでの発想に基づいて自動車の生産を続ける考えも強く残っているだろう。その結果として、現場の集中力が低下し、リコールにつながった可能性がある。

 今後、世界全体でEVシフトは加速する。既存の事業運営体制に固執する心理が強まれば、スズキの変化への対応は遅れ、困難になる可能性がある。半導体調達の遅れも不確定要素だ。

 スズキ経営陣は、個々人の意思を統率して集中力を引き上げ、組織を一つにまとめなければならない。そのためには、経営トップが長期の視点で自社が向かうべき方向を明確に組織全体に示さなければならない。それが、組織全体の意識を一つにまとめ、脱炭素などの変化に対応して長期の存続を目指すことにつながる。具体的に考えると、国内やインドでのEV販売時期の前倒し、さらなる価格引き下げ、再エネを用いた充電インフラ整備などに取り組む意義は高い。

 問題は、事業運営のスピードを引き上げつつ新しい取り組みを増やすと、変化のスピードについていくのを難しいと感じる人が増えることだ。組織内の動揺を解消するために、スズキは最先端分野での人材教育を強化し、内燃機関の開発に取り組んできた人が、再エネ利用や二酸化炭素の回収や再利用など(CCUS)に従事するなど、個々人が能動的に変化に臨み、それを成長のチャンスにつなげようとする経営風土を醸成しなければならない。経営陣が、変化への心理的な抵抗感を解消し、個々人が成長期待の高い分野、潜在的な需要が見込まれる技術の研究と開発に没頭する環境を整備することは、スズキの成長だけでなく、日本経済の活力向上に必要だ。

(文=真壁昭夫)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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