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アサヒビール、飽くなき多角化で成長拡大…スーパードライの成功に胡坐かかず

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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アサヒビールのHPより

 4月26日にアサヒビール株式会社(以下、ホールディングスレベルでの事業内容を含めてアサヒビールとする)が値上げを発表した。2022年10月1日の出荷分からビール、チューハイ、樽詰酒類、ノンアルコール飲料、国産ウイスキーの一部などが値上げされる。その理由は、麦芽・とうもろこしなどの原材料、アルミ缶・段ボールなどの包装資材、エネルギー資源の価格および物流コストの上昇に対応することだ。現在、アサヒビールの業績は緩やかに拡大しているが、自助努力によるコストの削減と吸収は難しくなっている。

 また、アサヒビールは値上げによって、これまで以上のスピードで新しいモノを生み出そうとしているとも考えられる。その一つの取り組みとして注目されるのが、健康関連事業の強化だ。コロナ禍の発生以降、世界全体で医療や健康に関するサービス、商品開発に取り組む企業が増えている。アサヒビールは過去の成功体験にとらわれることなく、よりよい生き方の創造に集中しようとしている。その原資を獲得するための一つとして値上げが実施された可能性に着目したい。世界経済を取り巻く不確定要素が増大するなか、同社がどのように新しい需要を創出するかに注目したい。

アサヒビールの業績支える海外事業

 現在のアサヒビールの事業運営状況を一言で言い表すと、事業環境の厳しさと不安定さが高まるなかにあって健闘していると評価できるだろう。それを支える一つの要素が、買収によって収益力を強化してきた海外事業だ。2021年の売り上げ収益は前年から6.1%増加した。アサヒビールの収益の中核である国内と海外の酒類販売を確認すると、国内販売は減少した。

 特に、夏場のデルタ株による感染再拡大の負の影響は大きかった。一部の地域で緊急事態宣言などが発出され、動線が寸断された。その結果、業務用ビールなどの売上高は減少した。10月以降は緊急事態宣言の解除によってペントアップ・ディマンドが発生したが、それまでの需要の落ち込みをカバーするには至らなかったようだ。

 国内の酒類販売が苦戦するなかで業績の拡大を支えた主たる要因が海外事業だ。アサヒビールは買収によってオセアニア地域を中心に事業運営体制を強化した。その一つとして2019年に約1.2兆円を投じてオーストラリアのビール最大手、カールトン&ユナイテッドブリュワリーズ(CUB)を買収した。基本的に、ビールなどの需要は人口の増加に大きく影響される。少子化と高齢化、および人口の減少によって内需が縮小均衡に向かうわが国よりも、オセアニアやアジアなど中長期的に人口が増え、ビールの需要拡大が期待できる市場に進出することは有効な成長戦略といえる。また、食品事業の収益拡大も国内酒類販売の落ち込みをカバーした。国内では業務用酒類販売が苦戦する中、個人向けの生ビールサーバーのサブスクリプションビジネスのように高付加価値型の商品も投入された。

 異なる目線から以上の内容を考えると、海外事業の強化などには、あくなき姿勢で成長を追求しようとする同社の姿勢が表れている。1997年にアサヒビールは“スーパードライ”のヒットによってキリンのラガービールを上回り、国内トップのビールブランドの地位を手に入れた。その後、アサヒビールはヒットに満足することなく収益源の多角化に取り組んだ。それが現在の業績の緩やかな拡大を支えている。

値上げを発表したアサヒビールの覚悟

 その状況下、アサヒビールは値上げを発表した。国内経済全体で、企業はエネルギー資源の価格高騰や供給制約の深刻化などによってコストの増加に直面している。そのため、企業物価指数は約40年ぶりの高い水準にある。その一方で、国内の需要は弱い。ビール市場におけるペントアップ・ディマンド発現のにぶさはその一例だ。コストを価格に転嫁することが難しく、自助努力によって対応しようとする企業は多い。ただし、企業によるコスト削減努力には限界がある。

 そのなかでアサヒビールは値上げに踏み切った。思い切った値上げといっても良い。値上げには、アサヒビール経営陣の強い覚悟が感じられる。それは、新しい需要を生み出し、人々の満足度を高めなければ世界経済の急速な環境の変化に対応することは難しいという危機感の高まりといってもよい。

 新しい需要創出のために、アサヒビールは値上げに加えて国内のサプライチェーンの再構築にも取り組んでいる。具体的には、工場などの統廃合を進めて固定費を削減する。その上で、得られた資金を他の工場の生産能力の強化に再配分し、多品種・多容器生産体制の強化が目指されている。理論的に考えると、同社は固定費を引き下げて、より収益を獲得しやすい事業運営体制の確立を目指している。それに加えて、多品種の生産体制を強化するということは、同社がより多くの飲料、食品などの創出能力を強化して、新しい需要を生み出そうとしていることを示唆する。その上で同社は値上げに踏み切った。同社はコスト削減と値上げによって得た資金を、新しい需要創出に、よりダイナミックに再配分しようとしているように見える。

 その根底には、消費者の満足感を高めるためには新しい取り組みを加速させ人々が欲しいと思うモノを生み出さなければならないという経営陣の信念があるだろう。需要が弱いということは、人々が欲しいと思ってしまう新しいモノやサービスが見あたらないことの裏返しだ。値上げは常に新しいことを進めて人々に新鮮、鮮烈な満足感を与えなければならないというアサヒビールの決意表明と言ってよいだろう。

健康関連分野でのビジネスチャンス拡大

 今後のアサヒビールの事業運営を考えるキーワードの一つは“健康”だ。2022年の事業運営方針を記した資料には、2030年に向けたメガトレンドとして健康志向が高まるとの同社の認識が示された。コロナショックの発生によって世界全体で健康の向上に気をつかう人は増えた。そうした人々の新しい生活様式(生き方)は、同社にとって大きなビジネスチャンスだ。

 例えば、アルコールの摂取を控えつつも飲酒を楽しみたい人に、低アルコール飲料やノンアルコールだがビールなどの風味をより豊かに堪能できる飲料を提供することは、新しいライフスタイルの創造につながる。発酵技術で蓄積されてきた知見を生かして、サプリメントや医療関連の事業を強化することも考えられる。そうした取り組みを、これまでに買収してきた国内と海外の事業と結合することによって、新しい市場の開拓と収益源の獲得が目指されるだろう。

 健康事業など新しい分野での収益体制を確立するために、アサヒビールの経営陣は組織全体の新陳代謝を高めなければならない。具体的には、中長期的な成長期待の高まる分野で海外や国内の異業種の企業との提携やスタートアップ企業の買収が増加する可能性が高い。それによって経営陣は新しい発想を、組織により多く持ち込み、既存の製造技術と新しい発想の新結合を目指そうとするだろう。そうした取り組みは、発酵技術や健康に配慮した食品などの研究開発(R&D)の加速にも決定的なインパクトを与えるはずだ。

 今後、世界的に物価の上昇圧力は高まり、金利上昇によって業種を問わず株価が下落する恐れが高まっている。過去に取得した資産の減損に直面し、財務と収益力が低下する企業も増えるだろう。消費者心理は悪化し、ビールなど多くの分野で売上が減少する展開も予想される。これまで以上に、新しい需要を迅速に生み出し社会からの支持を獲得できるか否かという企業の実力が問われる環境が到来しつつある。今回の値上げを一つのきっかけとして、アサヒビールが実力に磨きをかけ、より多くの高付加価値商品を創造する展開を期待したい。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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