アサヒビールは、新しいビール事業の成長戦略を強化し始めた。その一つとして、国内の酒類事業で同社は稼ぎ頭である「スーパードライ」に次ぐ、新しいヒット商品の創出に向けた取り組みがある。また、今後は海外での買収や提携戦略もさらに強化されるだろう。
それらは、今後の事業環境の変化に対応するために欠かせない。当面の間は世界全体で新型コロナウイルス感染の再拡大が長引くだろう。それによって動線が寸断され、業務用ビール需要が減少する一方で、家庭でのアルコール飲料需要は増えるだろう。コロナ禍の発生によって世界の酒類市場の需要構造が激変する可能性が高い。
事業環境の不確定要素が増加するなかで、アサヒビールはコスト削減を徹底しつつ、まずは国内の家庭用ビール需要を創出して事業運営の効率性を高めようとしている。今後の世界経済の展開次第では、世界的な業界の再編が進む可能性もある。そうした変化を成長のチャンスにすべく、アサヒビールは財務面のリスク管理を徹底し、事業運営のさらなる効率化に取り組むべき局面を迎えている。
ヒット商品の創出に取り組む経営姿勢
アサヒビールが、スーパードライに次ぐヒット商品の創出に集中し始めた。その背景には、ビール事業がアサヒビールと親会社のアサヒグループホールディングスにとって稼ぎ頭であることと、国内外での需要構造の変化がある。
まず、同社のビール事業の現状を確認する。2021年1~9月期の決算内容を確認すると、国際事業(欧州、オセアニア、東南アジアでのビール生産・販売などの事業)と国内の酒類事業は売上収益全体の76%を占める。国際事業に関して、アサヒビールは豪ビール最大手のカールトン・アンド・ユナイテッド・ブルワリーズ(CUB)を買収し、世界のビール市場での競争力を強化している。
その取り組みの成果やワクチン接種の増加による動線の修復、外国為替市場での円安の進行などを背景に、同期間中の国際事業の収益は前年同期から増加した。その一方で国内の酒類事業は、感染再拡大の影響による飲食店向けのスーパードライの販売減少の影響が大きく、収益が減少した。アサヒビールは家庭用ビール需要の獲得を目指して販促を強化したが、業務用の販売減少を補うには至らなかった。
次に、コロナ禍の発生によって、世界の酒類市場の需要構造は大きく、かつ急速に変化し始めた。その一例として、国内ビール市場では業務用の需要が減少する一方で、家庭用需要が増加している。感染再拡大は長期化し、家庭でのビール消費量は増加する可能性が高い。アサヒビールが家庭用ビール需要をより多く取り込むためには、新しい需要(スーパードライに次ぐヒット商品)を生み出し、より多くの消費者に、多様かつ満足度の高いビールなどの楽しみ方を提供しなければならない。
それができれば、人口減少によって国内ビール市場全体が縮小均衡に向かうなかでも、同社が国内酒類事業の成長を目指すことは可能だ。そのために、2022年の事業方針にて同社は最重要ブランドであるスーパードライのフルリニューアルを打ち出した。フルリニューアルの真意は、新しいヒット商品創出を目指すことだろう。
「マルエフ」のヒットのインパクト
2021年9月、アサヒビールが再販売を開始した「アサヒ生ビール」(通称、マルエフ)のヒットの影響は大きい。マルエフは人気が殺到してわずか3日で休売した。それは、多くの消費者が慣れ親しんだ、スーパードライの鮮烈な“のどごし”とは異なる新しい製品への渇望を示している。
簡単にマルエフの歴史を振り返ると、1986年2月にアサヒビールはコクとキレを追求したマルエフを発表し、ビール愛好家から高く評価された。その後1987年3月には辛口を売りに発表したスーパードライが大ヒットを遂げた。アサヒビールはスーパードライの生産に集中するために、マルエフ缶の一般向けの供給を停止した。なお、2018年にアサヒ生ビールの缶が期間限定で販売されたことがある。その時は「マルエフ」の呼称は缶に印字されなかった。
マルエフ投入の背景には、感染再拡大を背景とする消費者心理の変化が大きく影響しただろう。銀色と黒色と赤色の缶デザインによってシャープな味やアクティブな生き方を強調したスーパードライと異なり、マフエフの缶は金色とアイボリー色を基調にしている。その根底には深いコクの提供によってコロナ禍に直面する人々に“やすらぎ”や“癒し”を実感してもらおうという同社の想いがあっただろう。その考えにもとづいたマーケティング戦略も奏功し、マルエフはヒットした。
また、コロナ禍によって業務用のスーパードライの販売が減少したことによって、アサヒビールはかつての成功体験に浸るのではなく、新しいビール体験の創造に取り組まなければならないという危機感を強くしただろう。コスト削減を進めつつ、「アサヒといえばスーパードライ」というブランド・イメージを変革する嚆矢として、同社はマルエフの復活に踏み切ったと考えられる。そのうえでスーパードライのフルリニューアルが発表され、より多くのヒット商品の創出が目指され始めた。アサヒビールはより迅速に新しい需要を創出する事業運営体制の整備に集中し始めたといってよいだろう。
海外ビール事業の成長に不可欠な買収戦略
今後の展開として注目したいのが、アサヒビールが国内でさらなるヒット商品を実現して収益を稼ぎ、得られた資金を海外の買収戦略の加速につなげることだ。逆に言えば、同社が世界大手のビールメーカーとしての長期存続を目指すためには、これまで以上のスピードと規模感で海外事業を強化しなければならない。ポイントは、高値掴みを避けて各国・地域で成長期待の高いブランドを持つ企業、あるいは事業を取得することだ。
徐々にではあるが、アサヒビールは海外で買収戦略を加速させるチャンスを迎えるだろう。米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は、早期の利上げと資産売却に着手する可能性が高い。それによって米国の金利は上昇し、世界的に株価は不安定化する可能性がある。リーマンショック後の世界のビール業界では、2015年に最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)が2位の英SABミラーを710億ポンド(当時の邦貨換算額で13兆円程度)で買収するなど、大型の買収が続いた。
金利が上昇する環境下での事業運営資金の捻出や中国経済の減速が鮮明化することによる収益の落ち込みなどを背景に、資産の売却を検討する酒類企業は増える可能性がある。それは、アサヒビールが高値掴みを避けつつ成長期待の高い資産を取得してプロダクト・ポートフォリオの拡充と収益の多角化を進める好機になりうる。
今後の展開を考えると、感染再拡大の長期化によって需要が減少し、収益が想定以上に悪化して過去の買収などに起因する減損を余儀なくされる酒類企業が出現する展開は排除できない。供給制約も深刻化するだろう。コロナ禍の収束後は、世界的に飲食店の酒類需要がコロナ禍以前の水準に戻らないなど、酒類の需要構造は激変するだろう。
そうした環境変化に対応するために、アサヒビールはコスト削減とリスク管理を徹底する一方で、研究開発や買収戦略を強化してよりスピーディーなヒット商品の創出に取り組まなければならない。そのうえでアサヒビールがどのように国内外でヒット商品を生み出すか、多くの注目が集まるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)