「アサヒさんが数量表示をやめておりますので、シェアは不明でございます」――。
1月6日、キリンビールの事業方針説明会で布施孝之社長はこう語りつつも、余裕の表情を浮かべていた。キリンビールが2020年のビール、発泡酒、第3のビールを合わせたビール類のシェアで、アサヒビールを抜き去り、11年ぶりにトップに立ったからだ。
アサヒは20年分からビール類の販売数量を開示していないが、日本経済新聞によると20年のキリンの販売シェアは37.1%で、19年比で1.9ポイント上昇。一方、アサヒが35.2%と同1.7ポイント下落した。この結果、1.9ポイントの僅差でキリンが逆転したのだ。ここ数年、キリンは王者アサヒのシェアに肉薄を続けており、19年にはアサヒとの差を1.7ポイントまで縮めていた。
20年にキリンが逆転した原因は、新型コロナウイルスの感染拡大である。コロナ禍による飲食店の営業自粛によって、業務用市場が大打撃を蒙った。その半面、宅飲み需要の高まりで家庭用市場で缶入りの第3のビールや発泡酒が人気となった。
20年のビール系飲料全体の販売は19年比9%減となった。構成比はビールが41%、発泡酒が13%、第3のビールが46%と、初めて年間を通じて第3のビールがビールを上回った。大半が家庭で消費される第3のビールと、コロナ前までは飲食店で半数が消費されていたビールが明暗を分けた格好だ。
キリンの首位奪還の主役は、「本麒麟」である。19年比32%増の1997万ケース(1ケースは大瓶20本換算)となり、新型コロナ下の節約志向の風に乗った。20年10月の酒税改正による第3のビールの値上げを前に、駆け込み需要も起きた。キリンの主力ビールとなった「一番搾り」は24%減少したが、「本麒麟」の拡大で全体では5%減の1億3000万ケースに踏みとどまった。
アサヒは昨年から販売数量の公表を取りやめ、売り上げ金額の公表に切りかえた。「過度のシェア競争を避けるため」(アサヒ)としているが、ビールの「スーパードライ」など主要3製品だけは販売数量を明らかにしている。販売量全体の半分程度を占める「スーパードライ」が22%減の6517万ケースに落ち込んだ。スーパードライは19年時点で家庭用と飲食店用が半々。飲食店の営業自粛がモロに響いた。業務用に強いことが仇となった。アサヒの第3のビール「クリアアサヒ」は6%減って1768万ケース。キリンの「本麒麟」に敗れた。
しかし、スーパードライの失速は、今に始まったことではない。16年のスーパードライの出荷量は1億ケースあった。17年から20年までの4年間で3483万ケース減った。これはサッポロビールの昨年の販売量の約9割に相当する。かつて瓶ビールの「キリンラガー」が6割のシェアを誇り、ビールの代名詞と呼ばれる時代が長く続いた。だが、1996年に味を変更したのをきっかけに消費者の支持を失い、スーパードライに主役の座を明け渡した。スーパードライは缶ビールでも強みを発揮した。
そのスーパードライも消費者に飽きられ、シェアを落とした。コロナはダメを押しただけなのだ。代わって「本麒麟」の時代が来るかというと、ことはそう簡単ではない。
次は缶チューハイ時代なのか
2021年も飲食店向けの需要の回復が見込めないなか、各社は家庭用に注力する。アサヒは、「スーパードライ」ブランドで泡立ちが良く、蓋を全部とるとジョッキのようになる缶ビール「生ジョッキ缶」を4月から発売する。アルコール度数が0.5度とビールより大幅に少ない飲料「ビアリー」を3月以降に投入し、新しい客層を開拓する。
キリンは20年10月に投入した「一番搾り糖質ゼロ」が好調だ。新商品は年300万ケースの出荷でヒット商品とされるなか、430万ケースの販売を見込む。ビール類の価格改定に消費者がどういう消費行動を取るかが、今後の最大の焦点である。
ビール、発泡酒、第3のビールと、3段階に分かれている税額は26年10月に350ミリリットル当たり54円25銭に統一される。ビールは減税、第3のビールと発泡酒は増税となる。スーパードライは税金が安くなり、キリンのシェア逆転の原動力となった本麒麟が増税となり価格優位性が発揮できなくなる。26年10月を前に23年10月に前段の税額の調整がある。
キリンが、ファミリーマートやローソンから生産を請け負っている第3のビールのPB(プライベートブランド)は、年間1000万ケースを超えると見られている。税額が引き上げられれば、コンビニ各社はPB商品を見直すこともあり得る。キリンは11年ぶりに首位を奪還したが安閑としてはいられない状況なのだ。
これからの主流は缶酎ハイになる、という見方がある。キリンの21年の販売目標は缶チューハイ「本搾り」などが4.9%増の7500万ケース、「本麒麟」等の第3のビールは6080万ケースで前年比3.6%減のマイナス成長を予想している。「一番搾り」のビールは17.2%増の4220万ケースとなっている。「麒麟淡麗」の発泡酒は6.4%減の2840万ケースだ。
缶チューハイや瓶入りカクテルなど水や炭酸水で割る手間のかからないアルコール飲料をRTD(ready to drink)というが、7500万ケースというのはRTD全体の数字である。アルコール飲料の地図はビール類からビール類以外のカテゴリーに塗り変わりつつある。ビール類の価格改定は、この流れを加速させることになりそうだ。
酒税は3段階を経て一本化
ビール系飲料は主原料の麦芽の配合比率に応じてビール、発泡酒、第3のビールの順に税率が高い。政府は20年10月、23年10月、26年10月の3段階を経て、税率を一本化する。
第1段階が20年10月だった。350ミリリットル缶でビールの酒税は77円から70円に引き下げられた。第3のビールは28円から37.8円に上がった。発泡酒(46.99円)は据え置かれた。その後もビールの税率は下がり、第3のビールと発泡酒は上がり、最終的に26年10月に54.25円に統一される。
缶チューハイなどは20年の税額アップはない。26年10月に28円から35円に上がるが、それでもビール類と比較すると相対的に安い。缶チューハイが伸びるとの予測が成り立つのはこのためだ。
(文=編集部)