日本のEV(電気自動車)販売シェアは、まだ1〜2%程度である。インフラの遅れや深刻な電力不足も影響しているのだろうが、そもそも市場はEVに強い抵抗感を持つ。航続距離の短さや充電の煩わしさなどが理由で、EVの足を踏み込むユーザーはまだ少数派だ。
EVの優位性も伝わっているとはいえない。バッテリーは重量増を招くことから、動力性能に対しての不安もある。ヒーターやエアコンなどを稼働させれば電費は極端に悪化する。航続可能距離は、カタログで表示されているほど伸びないことも覚悟しなければならない。四季のある日本では現実的ではないと、乗らずしての抵抗感が根底にあるのだ。
ただし、今回、初めて日産自動車「さくら」を公道で走らせてみて、そういったネガティブ要素がほとんどないことを確認できた。
まず重量増による走りの悪化に関しては、バッテリーを床下に低く薄く搭載することで解決できることを知った。さくらは、内燃機関を搭載する「デイズ」のプラットフォームを流用するものの、一層低重心化が進むことで、むしろフットワークは洗練される。重厚感すら意識させられる。
乗り心地も良い。重心高が下がることで、旋回中にも上体が傾きづらい。つまり、ロール対策のためにサスペンションをいたずらに固める必要がない。そのために、路面からの突き上げに対して優しいのだ。
バッテリーを床下のややリア寄りに搭載することで、前後重量配分はフロント55%、リア45%を達成。内燃機関ではどうしてもフロントヘビーになりがちだが、それを解消することでヨー慣性モーメントが理想に迫った。サスペンションを固めずとも、ボディから滲み出るような操縦性が得られるのだ。前輪駆動であるのに、バランスの良いFRモデルのようなフットワークである。
そもそもバッテリーを搭載するために、床下のボディ剛性を強化している。それも走りの質感に影響している。
重量増から予想される動力性能の悪化は、モーターパワーが補う。最高出力64psは軽自動車の自主規制上限であり内燃機関ターボと共通だが、最大トルクに圧倒的な差がある。660ccターボの一般的な最大トルクは100〜103Nmだが、さくらのモーターパワーは195Nmに達するのだ。内燃機関の約2倍である。
しかも、モーターパワーはスタートの瞬間から最大トルクを発生する。回転の上昇を待ってトルクが上積みされていく内燃機関とは異なり、発進の瞬間からグイグイとトルクが漲り、発進加速は圧倒するのである。
もちろん発進領域では、ノイズの音源である内燃機関を持たないから、静粛性は折り紙付きだ。一般的な内燃機関+CVTトランスミッションのように、エンジン回転が一気に高まり、やかましくなってから速度が後追いするようなラバーフィールはない。極端に言えば、無音のままグイグイと加速するのである。
このようにさくらは、バッテリーという重量物を搭載していながら、そのネガティブ要素を潰すことに成功している。そればかりか、バッテリーを搭載していることのメリットを最大限に生かしているのである。
今後、さくらが市場に出回り、多くのユーサーがEVの魅力を体感することで、その魅力の拡散効果は高まるはずである。発表からわずか3週間で1万7000台の受注を抱えたさくらの爆人気が末恐ろしい。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)