日産自動車のEV専用軽自動車「さくら」の受注が好調である。発表から3週間(6月28日)時点で、すでに1万7000台の申し込みを得ているというから、日産の予想を大幅に上回る。欧米に比較してEV販売が消極的な日本市場では、驚異的な受注数だといっていい。
三菱自動車「ekクロスEV」も同様に、発表から約1カ月で月間販売目標台数の約4倍の受注を得ているという。新世代の軽自動車EV戦略は、好調なスタートを切ったといっていいだろう
だが、手放しでは喜べない状況である。というのも、受注は好調でも、車両が発注したすべてのユーザーの手元に届くのは、まだ先なのである。
半導体不足に端を発した納品の遅れは、はなだしい。中国・上海のコロナ禍によるロックダウンの影響もある。部品の生産が途絶えているばかりか、輸送手段も困難を抱えている。ユーザーは指を咥えて待っているのに、肝心の商品が生産できないのである。
それは何もさくらに限ったことではなく、国内のすべてのEVの生産が遅れている。いや、ガソリンモデルとて同様であり、もっと言えば、クルマに限らずすべての耐久消費財が対象だろう。掃除機だって冷蔵庫だって、半導体や中国部品が使われているからである。
そんななかでも、EVの生産の遅れは深刻である。メーカーやモデルによって長短あるものの、早いモデルでも6カ月待ち、場合によっては1年近く待たされるケースも少なくない。それでもEVの受注が好調なのは、補助金問題も影響しているのだろう。補助金を手にするためには、早めに納車する必要がある。国はEV普及のために補助金を上積みしている。その金額に多寡はあるにせよ、地方自治体も同様に補助金でEV普及を支えている。だが、財源は限られている。そもそも、補助金がいつ枯渇するのか、あるいはいつ打ち切られるのか、予想が立たないのである。
たとえば、さくらの場合、国からの補助金は55万円である。もし東京都に籍がある場合は、さらに地方自治体の補助金45万円が上乗せされる。合計100万円の支援が受けられるのだ。さくらのベーシックグレードは233万3100円なので、補助金を補填すれば、最新のEVモデルが133万3100円で手にすることができる。ガソリン車の軽自動車を購入するより、金銭的な負担は少ないのである。
ただし、納車はまだ先だ。販売店で契約をしたとしても、補助金申請は納車の後であり、多少煩雑な手続きが必要だ。その時点では、補助金が打ち切られている可能性もある。「残念でした、あと100万円必要です」となって納得できるだろうか。受注は好調でも、それがそのまま販売に結びつくかは読めないのである。実際に購入するかどうかは補助金の動向を見て判断するという、見切りのユーザーも少なくないはずである。そんな事情により、手放しで喜べないのだ。
対策を講じているメーカーもあるという。「キャンセルしないことを条件に受注を受けつける場合もある」とのことだが、諸般の事情で資金不足になった契約者にペナルティを課せられるわけではない。
また、中古車市場では、新車価格を上回る金額で取引されている限定車もある。それも同様に「転売禁止」を条件に納車することも少なくないが、それとて金銭的な事情だと言われてしまえば、法的に拘束する力はない。このような状態がEVの世界にはあるのだ。
電力不足を理由に節電を促していながら、一方で補助金でEVを後押しする。そもそも、電力不足を化石燃料に頼るのでは、そもそもEVの使命だったCO2削減の理念に反する。
さくらはEVとして素晴らしいクルマであるのに、さまざまな問題の渦中で翻弄されている。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)