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藤和彦「日本と世界の先を読む」

政府、「節ガス」検討へ…ロシア・サハリン2、日本へのLNG供給減は考えにくい

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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「gettyimages」より

 経済産業省は7月11日、都市ガスの節約を呼びかける初の「節ガス」に関する制度設計の議論に入った。家庭や企業に広く自主的な節ガスを求め、不十分なら大口企業に個別に需要抑制を要請する考えだ。電力分野ではすでに存在する制度と同様の制度をガス業界にも導入する構えだが、新たな制度を導入しようとしている背景に、ロシアからの液化天然ガス(LNG)輸入に不透明感が強まっていることがある。

 ロシアのプーチン大統領は6月30日、極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」の運営をロシア側が新たに設立する法人に移管し、現在の運営会社の資産をこの法人に無償譲渡することを命じる大統領令に署名した。大統領令によれば、ロシア国営ガスプロムの権益は維持される一方、他の出資者はロシア政府に対して1カ月以内に改めて権益の承認を申請する必要がある。認められれば権益を保有し続けられるが、認められなかった場合、ロシア政府は4カ月以内にその企業の株式をロシア企業に売却する。売却代金はロシア国内の特別な口座に入金され、ロシア政府から通知があるまで留め置かれるという。

 サハリン2の運営会社(サハリンエナジー)の株主は、ガスプロム(50%強)、英エネルギー大手シェル(27.5%弱)、三井物産(12.5%)、三菱商事(10%)だ。萩生田経済産業大臣は12日、ロシア大統領令に関して「引き続き照会を行っている」とした上で「エネルギー安全保障上、サハリン2は引き続き重要だ」と強調した。

 ロシア側の「寝耳に水」の決定のせいで、日本企業が今後運営から排除されるリスクが生じており、「日本にとって深刻な事態となる」との懸念が生まれている。サハリン2では日量15万バレルの原油が生産されているが、日本にとって重要なのはLNGのほうだ。年間1000万トンのLNGが生産され、日本は600万トンを輸入している(うち発電用燃料分は300万トン)。日本のLNG輸入の約1割を占めるサハリン2から供給が停止すれば、日本の電力の供給不安は一段と深刻になってしまう。

 ロシア側は「新たな事業体の設立後にサハリン2からLNGの供給が止まることはない」と述べているが、メドーべージェフ前大統領は「日本はロシアから原油も天然ガスも得られなくなる」とSNSに投稿、サハリン2から日本企業が排除されることを示唆した(メドーべージェフ氏は現在、エネルギー政策を決定する権限を有していないとされる)。

ロシア、日本企業を排除する意向はない?

「欧州でロシア産天然ガスが停止する」との危機感が高まるなか、今回の大統領令が出されたことで「次は日本の番か」との危惧が生じているのは無理もないが、筆者は「今回の決定はサハリン2で主要な役割を果たしてきたシェルの扱いを早期に確定するのが狙いだ」と考えている。1990年代から始まったサハリン2の開発を主導してきたのはシェルだ。ロシア側は2006年、シェルが有するLNG事業のオペレーター(事業の実施責任者)に関するノウハウを習得する目的で、ガスプロムをナンバー1の株主にしてサハリン2に参画させた経緯がある。 

 サハリン2の「生みの親」といえるシェルだが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて2月28日、サハリン2を含むガスプロムとの合弁事業からすべて撤退することを決定した。シェルは現在、サハリンエナジーの株式売却に向けてインドのエネルギー企業連合と交渉中とのことだが、交渉成立までに時間がかかっている。ロシア政府の今回の決定は、メインプレーヤーであるシェルが抜けた後のサハリン2の運営体制を早期に確立するためだと考えれば合点がいく。

 日本政府は欧米諸国とは異なり、サハリン2をはじめロシアのエネルギー事業から撤退する方針を示していない。ロシア側もサハリン2で生産されたLNGの主要な購入先である日本の企業を排除する意向はないが、特別扱いできないことから、シェルと同様の手続きを要求しているにすぎないのではないだろうか。

 撤退を決定したシェルにとって、サハリン2は同社の世界戦略の1つのコマにすぎないが、日本にとってサハリン2は特別な存在だ。日本が輸入しているLNG代金の3分の1を輸送費が占めるが、日本から目の鼻の先にあるサハリン2のLNGの輸送費は他の地域から輸入されるLNGに比べ格段に安い。LNG価格が高騰を続けており、日本にとってサハリン2のLNGの価値は高まるばかりだ。

 ロシア側も日本へのLNG供給を減らす余裕はないと思う。前述の大統領令が出された6月30日、ガスプロムの株価は前日に比べ約30%急落した。同社が1998年以来初めて配当を見送ったからだ。今年1月から5月までのガスプロムの旧ソ連構成国以外の天然ガス輸出量は前年に比べて28%急減している。欧州向けの天然ガス輸出が大幅に減少したのが災いした形だ。欧州では6月、米国からのLNG輸入量が史上初めてロシアからの天然ガス輸入量を上回るという事態が起きている。

 ガスプロムは創業以来、最悪の危機に直面しており、今回の大統領令はガスプロムの業績悪化への対応という側面もあるのかもしれない。このような状況でロシア側がサハリン2のLNGを日本への武器に使うとは到底思えない。ロシアが求める手続きに唯々諾々と従うことは釈然としないが、「ロシア産天然ガス依存からの脱却」を決定した欧州でもガス購入企業の大半はロシア側が求める新たな支払い方法に従っている。西側諸国とロシアの間で深刻な亀裂が生じてしまった現在、これまでとは異なる手続きを求められるのはやむをえないと考えるしかない。ロシアのやり方はいつも乱暴だが、これに振り回されることなく、日本のエネルギー安全保障を見据えた冷静かつ適切な対応が求められているといえよう。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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