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藤和彦「日本と世界の先を読む」

欧州、ドイツ発経済危機の兆候…ロシア産天然ガスの供給急減、遠のく脱炭素

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
欧州、ドイツ発経済危機の兆候…ロシア産天然ガスの供給急減、遠のく脱炭素の画像1
ドイツ政府のサイトより

「エネルギーシステムにおけるリーマン危機が迫っている」

 ドイツのハーベック経済気候相は6月23日、天然ガス供給を削減するロシアの動きがドイツのエネルギー市場を崩壊させる恐れがあることを、世界的な金融危機につながった米リーマン・ブラザーズ破綻を例に挙げて力説した。

 ロシアの国営ガス会社ガスプロムは6月中旬から、ドイツ向けの主要なガスパイプライン「ノルドストリーム1」を経由する天然ガスの供給量が当初の計画より6割も減少したことを受けての発言だ。ロシア側は「カナダで修理していたタービン用部品の一部が制裁の影響で返還されていないことが原因だ」としているが、ドイツ側は「西側諸国のウクライナ支援に対する報復としてロシアはドイツを標的にガスを『武器』として使っている」と非難している。

 ノルドストリーム1は7月に定期点検が予定されているが、ドイツでは「定期点検終了後もガスプロムは再稼働しないのではないか」と疑心暗鬼になっており、今年の冬に向けて十分なガスを備蓄できるかどうか危うい状況となっている。「主力のエネルギーである天然ガスが枯渇する」という未曾有の危機に直面して、ドイツ政府は天然ガスに関する3段階の緊急計画で2段階目の「警報」を発令した。

 ハーベック経済気候相は24日「ロシア産天然ガスの供給が現在の低水準にとどまれば国内で天然ガスが不足する」とし、「冬場に十分な天然ガスを確保できない場合は一部産業が生産停止を余儀なくされる」との見通しを示した。国民に対しても、国家的努力の一環として天然ガス利用の減少を訴えた。

 ドイツ政府はさらに、数基の石炭火力発電所を再稼働することを決定するとともに、国内での天然ガス生産の拡大も検討し始めている。ドイツではラッキング(水圧破砕によるシェールガス採掘)が禁止されており、新規掘削の許可を獲得することも困難なことから、国内の天然ガス生産量は減少している。だが、エネルギー情勢の悪化を踏まえ、政府部内で「ロシア産の化石燃料への依存を減らすため、北海のドイツ領に埋蔵されている原油と天然ガスについて調査する必要がある」との声が上がっている。「北海のボルクム島のドイツとオランダ領の付近にある天然ガス田には年間10億立法メートルの生産が可能な埋蔵量がある」との調査結果がある。

 ドイツのエネルギー大手エーオンも24日、「天然ガスの国内生産拡大に向け、禁止されているフラッキングを含め、あらゆる選択肢を模索する必要がある」との見解を示した。

再び「欧州の病人」に?

 このように、天然ガスのロシア依存脱却に向けての取り組みが始まっているものの、ロシアからの供給不安がドイツ経済に暗い影を投げかけつつある。S&Pグローバルが23日に発表したドイツの6月の購買担当者景気指数(PMI)速報値は予想に反して前月の53.7から51.3に低下した。

 Ifo経済研究所が発表した6月の独企業期待指数も低下しており、「ドイツ経済のリセッション(景気後退)入りが現実味を帯びつつある」との声が出始めている。ドイツはEU全体の経常収支の黒字の過半を占めるなど群を抜くパフォーマンスを示してきたことから「欧州で一人勝ち」と長らく言われていたが、再び「欧州の病人」になってしまうとの懸念が生じている。

 1990年に東ドイツ(当時)を統合したことが重荷となって、ドイツは2000年代初頭まで経済が低迷した。「欧州の病人」と揶揄されていたドイツだったが、安価なロシア産エネルギーを確保することなどを通じて経済を再生させたという経緯がある。ドイツには全長50万キロメートルを超えるパイプラインが張り巡らされ、住宅、工場、発電所などにロシアの安価な天然ガスが供給されている。ドイツでは1970年代から天然ガスの大部分をロシアから輸入するようになったが、このことが問題になることはなく、むしろ賢明な戦略だとさえ考えられてきた。

 シュレーダー元首相とその後任のメルケル前首相もロシアからのエネルギー供給の万全を期す対策に取り組んできた。その象徴といえるのがロシアとドイツを直接つなぐ海底天然ガスパイプライン(ノルドストリーム)だった。

 ノルドストリーム1は2011年から稼働を開始し、110億ドルの事業費を投じたノルドストリーム2も昨年9月に完成していたが、ロシアがドネツク人民共和国とルガンスル人民共和国を承認したことを受け、今年2月にドイツのショルツ首相は「ノルドストリーム2の稼働を停止する」と発表した。ノルドストリーム2は稼働する目途が立っておらず、巨額の負債を抱えたパイプライン運営会社の破綻が取り沙汰されている。

 ドイツはロシア産天然ガスを「脱炭素」社会への「架け橋」として重要視していたが、ウクライナ危機でその橋は無残にも壊れてしまった。ロシア産天然ガスの代替として米国やカタールなどが候補に挙がっているが、天然ガスを液体で輸送することになればコストは格段に高くなる。液化天然ガス(LNG)の輸入に必要なインフラが未整備であることも頭が痛い。

 ドイツは懸命な努力を続けているだろうが、当分の間、エネルギー価格高騰のせいで経済が低迷するのは回避できないだろう。欧州経済の要であるドイツが「欧州の病人」に逆戻りするような事態になれば、ユーロ圏全体が危機に陥ってしまうのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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