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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ロシアへの経済制裁、限界が露呈、戦闘短期化の期待低下…無関係な国々にリスク波及

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
ロシアへの経済制裁、限界が露呈、戦闘短期化の期待低下…無関係な国々にリスク波及の画像1
ロシアのプーチン大統領(「Wikipedia」より)

 「主要先進国がロシアに科す経済制裁は4月29日時点で1万128件となった」

 このように指摘するのは、法令遵守に関するデータを集計する米国の専門サイト「Castellum,AI」だ。同サイトによれば、ロシアへの制裁件数は、核開発問題を抱えるイラン向け(3616件)の3倍に上り、ダントツの世界1位となっている。経済制裁とは、戦争を起こすなど国際ルールに反した国に対して経済的な打撃を与え、問題のある行為をやめさせようとすることだ。対象の国との貿易を禁じたり、銀行決済などを止めるなどの方法がある。ロシアが2月下旬にウクライナに侵攻すると、西側諸国は「一致団結して経済制裁で対抗する」という異例の戦略をとった。 

 西側諸国との貿易や金融取引から排除することでロシア経済に一定のダメージを与えてきたが、当初予想されたほどのレベルには達していない。ロシア経済が破綻する兆候は見えておらず、「経済制裁がロシア経済に深刻な打撃を与えて短期間で戦闘を終了できる」との期待は消えつつある。冷戦終結以降、米国は「ならず者国家」と呼ぶ国々(北朝鮮、イラン、イラク、リビアなど)に対し経済制裁を実施してきたが、経済制裁のみで政権転覆など外交安全保障上の目的を達成できたことはない。相手が大国であるロシアであればなおさらのことだ。西側諸国の制裁は、プーチン体制が変わらない限り解除されることはないとされており、危機を回避したロシアと西側諸国の間で長期にわたり「経済戦争」が続く事態が現実味を帯びている。

 経済は昔から戦争の武器として利用されてきた。経済制裁は爆弾などのような殺傷力はないが、長期的には敵に対して壊滅的なインパクトを与えることができる。経済のグローバル化が大きく進展した現在、この非暴力的な攻撃手段は前代未聞の威力を持つようになっている。世界はモノ、カネ、情報などのネットワークで網の目につながったが、「結び目」は必ずしも均一ではない。相互依存が強まれば強まるほど中心的な「ハブ」となった国が「ネットワークから排除する」と脅かすことで他国を従属させることが可能になっている。米国をはじめとする西側諸国は世界経済でのシェアは小さくなったものの、金融などの分野で圧倒的な力を誇っている。

 西側諸国が仕掛けたロシアへの経済制裁は未曾有のレベルにまでエスカレートしており、世界の繁栄を可能にしてきたグローバル化のプロセスを逆行させるリスクが高まっているが、その正当性が議論されることは皆無に等しいのが現状だ。哲学者のカントは著作『永遠の平和のために』の中で「国家間の商取引を増やし、戦えば互いが損失を被る関係を築けば流血を防ぐことができる」と主張したが、西側諸国は「戦いを防ぐはずの相互依存」を逆手にとって「武器」として利用し始めているといっても過言ではない。

経済制裁のリスク

 だが、はたしてそれで本当に良いのだろうか。紛争状態が長期化するに従い、西側諸国ではロシアのウクライナでの戦争犯罪を非難する声が大きくなるばかりだ。国際人道法は2つの原則を戦争当事国に義務付けている。

 1つ目は「武力の行使は『相手の軍事力を破壊する』という目的に限定される」というものだ。西側メデイアは「ロシア軍がウクライナの学校、病院など民間人を標的とする違法な攻撃を行っている」と連日のように報じている。2つ目は「使用可能な武器は限定される」というものだ。核兵器や生物化学兵器の使用禁止はもちろんだが、ロシア軍が使用しているといわれる命中精度の低い爆弾や過度の殺傷能力を有する武器(クラスター爆弾など)も問題視されている。

 これに対し、経済制裁は非常に新しい「武器」であるため、ルールがまったく存在しない。ロシアに対する経済制裁は(1)エネルギーの輸入禁止、(2)ハイテク製品の輸出禁止、(3)資産凍結、(4)金融制裁、(5)新規投資の停止などが挙げられるが、経済的な「武器」の一覧表というものはそもそも世の中に存在しない。

 経済制裁が引き起こす具体的な影響に関するエビデンスがないのにもかかわらず、ひたすら「ロシア憎し」で次から次へと制裁が繰り出されている感が強い。流血を伴わない経済制裁は乱用される可能性が高く、そのリスクを軽視すべきではない。

 制裁で最も不利益を被っているのはロシアの一般市民だが、西側諸国の制裁で世界有数の資源大国であるロシアからの供給が減少したことで世界全体の燃料や食料価格が高騰し、紛争とはまったく関係のない発展途上国の多くの人々も生活苦に追い込まれている。

 英リスク管理コンサルタント企業「ベリスク・メーブルクロフト」は5月11日、「燃料や食料価格の高騰で今年第4四半期までに世界規模で暴動が発生するリスクが高く、特にリスクが高いと予想される国の4分の3が中所得国だ」との見解を示した。低所得国とは異なり、中所得国の国民の政府に対する要求水準が高いことがその理由だ。

 経済制裁が及ぼす影響は広範であり、何をやっても許されるわけではけっしてない。その使用を一国の手に委ねるべきではなく、通常の戦争と同様、無関係な民間人に悪影響が及ばないようにするための国際的なルールづくりを急ぐべきではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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