重厚長大な戦車や戦艦よりも、人手で持ち歩けるジャベリンや、さまざまな小型ドローンが活躍し、旧式の兵器を打ち負かす様子がウクライナから実況され続けています。小型の安くて「賢い」兵器が数十倍の値段の敵兵器を破壊したとのニュースを聴いて、痛快に感じた人は多いことでしょう。少々不謹慎ながら、筆者もそう感じたことがあります。まるで、巨体で小回りが利かずに滅んだ恐竜と、その足元を自在に駆け回って、日々刻刻と移り変わる状況を把握してさまざまな危機を生き延びた小型哺乳類との対比のようです。
情報収集・活用力、そしてそれらを活用した精密な制御・誘導で被害を低減し、ときに攻撃効果を最大化することは、今日の戦争、紛争において極めて重要です。データがここでも重要な役割を演じるわけですが、その利用目的を限定、特定するのは困難です。
情報提供は攻撃行為なのか?
航空自衛隊の空中給油機KC-767を提供したことがロシアを激怒させたという説があります。高性能な空中給油機であるだけなく、今回のようにメインは貨物輸送で、さらに原型が旅客機であることから乗り心地が良く、在外邦人の救助にも使える優れモノ。そして、一回の飛行で概ね戦闘機8機分の給油が可能ということで、うまく使えば、既存の航空兵力を倍に活かし、制空権の及ぶ範囲を広げることが可能です。今回、この目的では絶対に使われない約束、保証があるのでしょうか? そうでなければ、ロシアの怒り(←未確認ですが)にも頷けるものがあります。ドイツのように戦車を数十台送る以上に、ウクライナの軍事力を高める可能性があるからです。
「攻撃は最大の防御なり」という言葉(諺)があります。おそらくは日本語だけでなく、英語をはじめ各国語に似たような言い回しがあることでしょう。しかし、敵国領土内を攻撃することは、世界最強の軍を擁する(好戦的な)米国でさえ、厳に慎んでいます。
「しかし米国が共有する内容には明確な限界がある、と複数の情報筋はCNNに語った。例えば、米国は今のところ、ロシア国内の潜在的標的に関する情報をウクライナに提供することを拒否している。また、米国が共有するウクライナ国内のロシア軍の動きに関する情報には、特定の場所にいる車両や人員の種類などの詳細が含まれることがあるが、特定のロシア軍幹部の居場所を巡る情報を提供したことはないと、複数の当局者が述べている」(5月6日付「CNN.co.jp」記事より)
ちなみに、呼称を「反撃力」と言い換えようが、敵(国内)基地の攻撃能力というのは、自衛、防衛の範疇を超えているのは明らかではないでしょうか。ロシア国内の拠点をウクライナが攻撃したとする偽旗作戦(古くは日本軍による満鉄爆破もその典型)がもし実際にウクライナの仕業と判明したら、国際世論も、両国世論の流れも大きく変わることでしょう。「どっちもどっち」派の主張が勢い付くことになります。
ドローンのタイプ、用途 情報収集と攻撃は表裏一体ではないか?
「ライフル銃本体は武器だが、それに取り付けられた暗視スコープは武器ではない」という言い訳が通用するでしょうか? この意味で、目的外使用を想定せずとも、自衛隊所有のドローンをウクライナに提供したことは武器輸出三原則や国際法に抵触している可能性があるかと思います(防衛装備移転三原則の運用指針はこちら)。たとえ拙速でも、シビリアンコントロールの原則にのっとって事前にもっと国会で議論し、歯止めをかけるアイディアも出しつつ、用途を縛る契約書もしっかり整備して提供すべきだったのではないでしょうか。事後もモニターし現場と意思疎通をはかると良いでしょう。従来、想像の域を出なかった実戦でのドローン活用の具体的な事例データも入手できるのですから。
官僚組織の御多分に漏れず縦割り組織の弊害を反省した米国防総省は、新設のJAIC(連合AIセンター)を中心に、データ収集、データのクラウド上での融合、活用のための構造化、整備などに注力を始めています。法政大・森聡先生の解説 [森2021]がわかりやすく、一見の価値があります。
自律型のロボット兵器一般となると、その制御を精密化、高度化するために大量のデータによる学習が必要となります。目的地域に近い地形の大量の航空写真や、地上の地形や構造物の高度、3Dモデルはじめ、さまざまな画像データや数値データをAIに投入するわけです。これらのデータの多くは、もともと攻撃、防御の安全保障目的で取得、作成されたものではありません。
情報デザイン分野の畏友、渡邉英徳東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授が創った「ウクライナ衛星画像マップ」では、オープンデータを活用しています:
「2月24日に始まったロシアの軍事侵攻は、ウクライナの人々に甚大な被害と悲しみを及ぼし、世界に衝撃と混乱をもたらしています。メディアは連日その動向を報じていますが、信頼できる情報を見極めるのは簡単なことではありません。情報学環の渡邉英徳先生は、情報デザインの研究者の視点から、ウクライナの現実を可視化する試みを続けています。用いるツールは人工衛星の撮影した画像と3Dモデル。戦争被害の姿とともに新しいジャーナリズムの可能性をも示しています」(4月1日付・東京大学HP掲載記事『3Dマップで可視化されるウクライナの被害 位置情報が加えられた写真の“束”が伝える大切なこと』より)
活用したデータや技術、そして、「一般の人々に受容されやすい受け身の視聴スタイルの採用」などのチューニング方針については上記リンク先の他、一連の解説記事を参照ください。さまざまな素材データを、緯度経度高度をはじめとするメタデータで紐づけ、組み合わせて視覚化することで、現地の人々でさえ正確につかめていなかった現実、実態を見せてくれました。実際、取材もないまま、ウクライナ・プラウダ紙に紹介されました。
被害状況に絞れば、現地で緊急対応すべき優先順位を考えたり、戦争犯罪を明らかにしたりするのに役立つことでしょう。ただ、たとえば今後、戦闘の激化が予想されているドンバス地方の平原について同様の超わかりやすい、インスピレーションを沸かせてくれるような視覚化がなされ、公開されると、敵による攻撃をより効果的な、巧みなものにしてしまうこともあるかもしれません。このあたり、オープンデータに付加価値を与えた情報の共有、流通にも、なんらかの指針が今後必要になってくるように思います。
(文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)
参考文献:
森2021: “米軍による国防イノベーションの推進―AIとJADC2―”,森聡,日本国際問題研究所2021-03-22