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「1200億円をドブに捨てる覚悟が…」三井物産「アークティック2」という爆弾

文=有森隆/ジャーナリスト
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三井物産のHPより

「ロシアのウクライナ侵攻で情況は流動的だが、空前の資源バブルが続いており、総合商社の2022年3月期決算はかなり上振れした模様だ」(外資系証券会社の商社担当アナリスト)

 最終利益の着地点は三菱商事、三井物産の「2M」が9000億円台。「もしかすると1兆円の大台に乗るかもしれない」(同)。伊藤忠商事も8200億円という。これまでの見通しを上回るのは確実の情勢だ。

 利益のトップ争いは、三菱商事、三井物産のデッドヒート。僅差で伊藤忠と予想しておく。「商事は垣内威彦社長の最後の決算。中西勝也・新社長の最初の決算だから、トップを取りにくるだろう」(ライバル商社の広報担当役員)。

 日本全体の対ロ貿易の実績を見ると、ロシアから輸入している金額の60%がエネルギーであり、ロシアの巨大エネルギープロジェクトにトップ争いをしている3商社が参画している。ロシア極東の液化天然ガス(LNG)開発、「サハリン2」から英石油大手シェル(旧ロイヤル・ダッチ・シェル)が撤退を表明した。原油・天然ガスの「サハリン1」もオペレーターのエクソンモービル(30%の権益を保有)が撤退を表明した。三井物産、三菱商事は「サハリン2」、伊藤忠は「サハリン1」に出資している。「サハリン2」の出資比率は三井物産が12.5%、三菱商事が10%である。

「サハリン1」はエクソンが30%の権益を持ち、SODECO(サハリン石油ガス開発)が同じく30%であった。SODECOには経済産業省が50%出資、伊藤忠グループが16.29%、丸紅が12.35%出資している。石油資源開発も15.28%、INPEX(旧国際石油開発帝石)が6.08%の資金を供出している。

「サハリン1」については日本側の過半の株式を経産省が保有しているわけで、政府(経産省)がどうするかで決まる。「サハリン2」の三井物産、三菱商事と「サハリン1」の伊藤忠の立場は微妙に異なるという見方がある。いずれにせよ、世界の主要企業がロシアのビッグプロジェクトから逃げる流れが加速している。日本企業だけがカヤの外で静観というわけにはいかない。

「短期的には安定供給優先、現状維持だが、中長期的にはロシアとのビジネスをどうするかという難問を解決しなければならなくなる。その先には中国がロシアのウクライナ侵攻のような侵略行為に出た場合、対中ビジネスをどうするかという超難問が待ち受けている。台湾が頭をよぎる」(首相官邸筋)

2兆円近い追加コスト発生の可能性も

「サハリン2」はロシア初のLNGプロジェクトだ。ロシア国営ガスプロムが50%強(50%プラス1株)、シェルが27.5%マイナス1株(約27.5%)だ。2009年に出荷を始めた。

 年1000万トンの産出量のうち約6割は日本向け。ロシアからのLNG輸入のほぼ全量にあたる。このLNGは日本の電力・ガス会社に長期契約で供給され、これまではコストは安定していた。3日程度で届き、中東産のLNGが運搬に2週間かかるのに比べると断然短い。使い勝手がいいのだ。

 経産省は商社らと一緒に撤退時のリスクを分析した。撤退なら当然、代替分をスポット市場で調達する必要が出てくる。「2兆円近い追加コストが出る」(大手商社のエネルギー担当役員)のは確実だ。そうでなくとも高騰している電力・ガス料金に跳ね返る。「サハリン2」から撤退すれば「権益を中国に取られる」(政府関係者)恐れが強い。

「サハリン1」についても事情は同じ。原油輸入量の3.6%を占めるロシア産原油の約4割が「サハリン1」だ。「エネルギーの権益は守るべきだ」「当面は現状維持だ」(自民党のエネルギー族議員)というのが大勢だが、その一方で撤退論もくすぶる。

 経済同友会の櫻田謙悟代表幹事は3月1日の会見で、「ロシアが国際法違反を繰り返しながら、何もなかったように取引をするのは考えられない」と述べた。国際協力銀行の前田匡史代表取締役総裁も3月3日の会見で「日本だけが自国のエネルギー事情を言って、あたかも何もなかったように振る舞うのは違う。このまま同じように続けることはあり得ない」とし、「見直しは避けられない」との認識を示し、注目された。前田総裁は6月に退任が決まった模様で、これまでの行動や主張と、ほぼ180度違う見解を示したことになり、周囲を驚かせた。

 というのも、前田氏はプーチン大統領の側近中の側近といわれている国営石油大手ロスネフチのイーゴリ・セチン最高経営責任者(CEO)とのパイプを生かし、日ロ平和条約交渉に関する極秘情報を入手し、安倍晋三元首相に急接近したことで知られているからだ。「ロシアのエネルギー戦略の理解者」(大手商社のエネルギー担当役員)と目されてきた。

物産のアキレス腱は「アークティック2」

 三井物産は北極海に面したギダン半島の「アークティックLNGプロジェクト2」という爆弾を抱えている。ロシアの第2位のガス大手ノバテクが北極圏ギダン半島に建設している年産2000万トンの巨大LNG計画で、2023年の稼働を目指している。

「アークティック2」には三井物産は4500億円を出資し、10%の権益を確保している。物産の「アークティック2」に参画する契約の調印式は19年6月、「G20大阪サミット」の日ロ首脳会談に合わせて行われた。当時首相だった安倍氏とプーチン大統領が立ち会うなかで、物産の安永竜夫社長(当時、現会長)が署名した。

 この案件は当初から「北方領土案件」と呼ばれていた。北方領土の返還に執念を燃やしていた安倍首相は「アークティック2」を日ロ経済協力のシンボルと位置付け、経済産業相の世耕弘成氏(当時)が音頭をとって推進したビッグプロジェクトだ。世耕氏はロシア経済協力分野担当大臣でもあった。

 三井物産とともに参画を打診された三菱商事は「ロシアの新興企業のプロジェクトで危ない」(三菱商事の首脳)と判断して加わらなかった。先見の明があったということになる。物産が出資した4500億円のうち75%は経産省所管の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が資金支援しており、物産の実質負担は1200億円程度にとどまるとされている。それでも物産の浮沈を握る巨大プロジェクトであることに変わりはない。

 物産の堀健一社長は「1200億円をドブに捨てる覚悟があるかどうかが問われている」のだ。そんなことをすれば安倍・世耕ラインが猛反発するだろうし、飯島彰己(元社長・会長、現顧問)以来、親ロ派の羽振りがよかった物産の経営陣の権力構造に激震が走ることにもなりかねない。

「安永会長は最近、『自分を親ロ派と言わないでほしい』と言っている」(物産の若手幹部)という、よくできた噂(フェイクに近い話なのだろう)が漏れ伝わる。とはいっても、ロシアの桎梏に悩まされている日本企業の筆頭が三井物産という指摘が従来からあった。当たらずとも遠からずであろう。

「総合商社にとって、エネルギー資源関連は社運を賭けるビッグプロジェクトだから、本音ではロシア・ビジネスから撤退したくないだろう。1度、プーチン大統領に資源(の権益)を接収されたら、それでオシマイ。2度と戻ってこない。この先20~30年、ロシアの資源ビジネスに新たな投資ができなくなる」(前出の商社担当アナリスト)

(文=有森隆/ジャーナリスト)

有森隆/ジャーナリスト

有森隆/ジャーナリスト

早稲田大学文学部卒。30年間全国紙で経済記者を務めた。経済・産業界での豊富な人脈を生かし、経済事件などをテーマに精力的な取材・執筆活動を続けている。著書は「企業舎弟闇の抗争」(講談社+α文庫)、「ネットバブル」「日本企業モラルハザード史」(以上、文春新書)、「住友銀行暗黒史」「日産独裁経営と権力抗争の末路」(以上、さくら舎)、「プロ経営者の時代」(千倉書房)など多数。

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