2021年10月、日本製鉄がトヨタ自動車を訴えるという“事件”が経済界を震撼させた。特許を侵害されたとして、日本製鉄はトヨタと中国鉄鋼大手・宝武鋼鉄集団の子会社・宝山鋼鉄を東京地裁に提訴した。両社にそれぞれ200億円の損害賠償を請求した。トヨタに対しは、対象製品を使った電動車の製造販売の差し止めを求める仮処分を申請した。
国内の鉄鋼大手が最重要顧客のトヨタを訴えるのは異例。業界の垣根を越えて、日本製鉄とトヨタが日本経済を牽引してきたことは誰もが知るところだ。日本製鉄が最大顧客のトヨタに刃を突きつけた、と受け止められた。
日本製鉄が問題にしたのは、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などの駆動モーターに使う無方向性電磁鋼板。トヨタが初の量産型HV、プリウスを1997年に発売して以来、この鋼板をトヨタに供給してきた。日本製鉄は宝山がトヨタに供給している鋼材の成分や特性などが、日本製鉄の特許を侵害していると判断。協議を続けてきたが、解決に至らなかった。
日本製鉄は2021年12月、三井物産を特許権侵害で提訴した。トヨタと宝山鋼鉄の取引に物産がかかわっていると見ている。電磁鋼板はEV時代の生命線ともいえる戦略製品であり妥協できない。無方向性電磁鋼板はモーターの高性能化を支える最新材料である。
電磁鋼板をめぐっては技術流出がたびたび問題になってきた。日本製鉄の前身の新日本製鐵は12年、電力用変圧器に使う電磁鋼板で自社の製造技術を不正に取得したとして、元従業員と韓国鉄鋼大手ポスコを提訴した。ポスコは07年、自社の元社員が宝武鋼鉄の前身の宝鋼集団に電磁鋼板の技術を流出させたとして裁判を起こした。裁判の過程で元社員は「流出したのはポスコの技術でなく、新日鐵のものだ」と主張した。
トヨタは近年、宝山からも電磁鋼板の調達を始めた。日本製鉄は宝山製の電磁鋼板の使用の取りやめをトヨタに要請したが、物別れに終わった。こうした経緯があって日本製鉄はトヨタと宝山、両社をつないだ物産の3社を提訴するという決断を下した。
日本製鉄はトヨタとの鋼材価格の交渉でも強気を貫いてきた。値上げを認めなければ供給制限も辞さないとの姿勢で臨んできた。トヨタに納める自動車鋼材の22年冬の価格交渉が2月、約2万円の大幅値上げで決着した。2回連続で大幅な値上げを勝ち取った。トヨタ側には市況が悪い時期でも日本製鉄を支えてきたとの思いがあり、「信頼関係を崩した」(トヨタ幹部)との不満がある。
経団連御三家のバトルに十倉・経団連は静観を決め込む
日本製鉄の前身、新日本製鐵とトヨタは、財界の頂点に立つ経団連の会長会社の常連だ。
新日鐵は第5代会長・稲山嘉寛(在任1980年5月~86年5月)、第6代会長・斎藤英四郎(86年5月~90年12月)、第9代会長・今井敬(98年5月~2002年5月)の3人。一方、トヨタは、第8代会長・豊田章一郎(1994年5月~98年5月)、第10代会長・奥田碩(2002年5月~06年5月)の2人の会長を出している。
現在、日本製鉄の橋本英二社長は経団連副会長、トヨタの早川茂副会長は審議員会副議長、三井物産の安永竜夫会長は経団連副会長だ。日本製鉄はトヨタだけでなく、三井グループを代表する三井物産を提訴したわけだ。経団連現会長の十倉雅和氏(住友化学会長)はどう対処しようとしているのか。
21年6月、中西宏明会長(当時、日立製作所会長)が病気で辞任し、十倉氏が緊急登板した。中西氏はリンパ腫のため6月27日、75歳で亡くなった。日本を代表する日立ブランドを背負ってきた中西氏と比べて十倉氏の知名度が低く、「米倉弘昌・第12代経団連会長の秘蔵っ子」(経団連の元副会長)という枕言葉以外で語られることは少ない。
企業の生命線といえる知財問題での日本製鉄とトヨタのバトルに、十倉・経団連はひたすら沈黙を決め込んでいる。手を突っ込んで大火傷することを恐れているのだろうか。「十倉さんには財界のうるさ方を束ねる胆力も行動力もない」(関西の主力企業の首脳)といった辛辣な見方もある。
かつては財界総理と呼ばれた経団連会長だが、経団連の地盤沈下が指摘されて久しい。いまや、経団連は空中分解の様相を呈している。
審議員会議長はJR東日本の冨田哲郎会長
経団連は3月7日、会長の諮問機関である審議員会議長にJR東日本の冨田哲郎会長が内定した。副議長にはENEOSホールディングスの杉森務会長ら7人を新たに起用した。6月1日の定時総会を経て就任する。冨田、杉森両氏は現在、経団連副会長だが任期満了で交代する。
他の6人の副議長は中外製薬の小坂達朗会長、資生堂の魚谷雅彦社長、IHIの満岡次郎会長、三菱商事の垣内社長、損保ジャパンの西澤敬二社長、アステラス製薬の安川健司社長。新たに就任するなかには女性は一人もいない。
(文=Business Journal編集部)