日本航空株式会社(JAL)が従業員約3000人を配置転換する。その背景には、生き残りに対する急激な危機感の高まりがある。JALは国内外をつなぐ航空路線を整備した。それによって収益を得た。航空旅客事業がビジネスモデルを支えた。しかし、複合的な要因によって、収益力が低下している。既存の事業運営体制で高い成長を目指すことは難しい。現状維持が続くほど、収益性は低下するだろう。業績の回復と拡大は難しくなる恐れが高まっている。
今後の事業戦略として注目されるのは、JALによる新しい動線(人の移動線)の整備だ。そのために、今回の人員配置は必要な施策ではある。ただし、持続的な成長の十分条件とは言いづらい。同社は組織の根底から、わが社は航空会社だ、という認識の枠組み(フレーム)を打破しなければならない。それが新しい発想の実行を加速させる。経営陣は人々の発想や行動様式の変革を加速させるべきだ。コスト削減も欠かせない。地域ブランドの創生などに資金を再配分し、収益源を多角化する。それができるか否かが、今後の業績に無視できない影響を与えるだろう。
JALが直面する急激な事業環境の変化
今、JALは急激な事業環境の変化に直面している。これまで経験したことがない環境の変化といっても良い。グローバル化から脱グローバル化に、世界がシフトしているのだ。1990年代以降、世界経済はグローバル化した。それがJALの事業規模拡大を支えた。冷戦終結後、グローバル化によって国境のハードルは低下した。世界全体で経済成長率は高まった。
それと同時に、各国で物価が上昇しづらい環境が実現した。グローバル化が加速するなかでJALは都市と都市を繋ぐ航空路線を増やした。その結果、同社は成長したのである。同社のビジネスモデルの要諦は動線を生み出すことにある。世界全体で人々の移動は円滑化、効率化された。2010年にJALは経営破綻した。JALは再建の道を歩んだ。中国経済の成長は同社の業績回復と事業規模の追い風になった。
しかし、2020年以降、JALのビジネスモデルは根底から揺さぶられている。その要因は大きく3つ指摘できる。まず、コロナ禍の発生だ。世界各国で動線が寸断された。ビジネスや観光目的の航空旅客需要が蒸発した。2021年度、JALの売り上げ収益は2019年度に比べて7032億円少ない。感染再拡大によって、各国の動線は依然として不安定だ。世界の航空旅客需要がコロナ禍前に戻ることは難しいだろう。
もう一つが、ウクライナ危機だ。それをきっかけにして世界の脱グローバル化が勢いづいた。グローバル化とは逆に、国境のハードルは上昇している。欧米各国はロシア制裁を強化する。世界経済はブロック化する。天然ガスなどの資源、穀物の供給制約は強まる。その結果として、インフレが世界経済最大の問題として浮上している。当面、物価は上昇するだろう。コストプッシュ圧力は強まる。企業の事業運営の効率性は低下する。航空業界では飛行ルートの変更などを余儀なくされる企業が増えている。
3点目として、世界の景気後退懸念が高まっている。それは航空旅客需要の減少要因だ。最大のアウトバウンド市場の中国の景気減速は鮮明だ。ゼロコロナ政策が長期化していることは大きい。それに加えて、不動産バブル崩壊の深刻化が中国経済の成長率を大きく下押ししている。
注目される地域ブランド創出の加速
売り上げ、コスト、財務の面で逆風が強まる。JALに求められるのは、収益源の多角化だ。このような状況下、欧米企業は人員削減によってコストを削減する。しかし、JALにとってそれは難しい。日本では雇用の維持が企業に対する社会的な要請となってきたからだ。その代わりにJALは3000人の配置転換を行う。経営陣は従業員に過去の発想を捨てるよう強く求めている。その象徴が、非航空分野への配置転換だ。それによって、ビジネスモデルが大きく変わる可能性がある。ある意味では、経営陣はピンチをチャンスに変えようと必死だ。その一つとして、JALは国内の地域ブランド創出に取り組むだろう。
日本には豊富な観光資源がある。その潜在的な成長余地は大きい。コロナ禍によって海外旅行を楽しむことは難しくなった。それがいっそう、海外からの訪日意欲を掻き立てている側面がある。海外の知人と話すと、「日本を訪れて各地の自然や生活習慣を体験したい」との声をよく耳にする。
具体的に考えてみる。日本では、農業、漁業、林業、金属加工など様々な経済活動が営まれている。たとえば、福井県鯖江市で生産されるメガネは世界的に品質が高い。それが世界的な人気を支えている。世界のメガネ産業では、グローバル化によって価格競争が熾烈化した。そうした状況であっても、各地の職人が磨いたモノづくりの力が、世界の人々を魅了している。それがJALのビジネスチャンスになりうる。
高付加価値の製品を支える製造技術に関心を持つ人や企業は多い。各地の職人の技、日々の生活の様子をJALは魅力あるコンテンツに仕立てる。季節に応じてその土地で楽しむことのできるレジャーの魅力も伝える。体験ツアーを提供するのも良い。具体的には、夏であれば海水浴やマリンスポーツ、冬であればスキー、春や秋であれば野山の散策などが考えられる。それを世界に発信するのである。それを見た人が、日本各地の産業や自然に触れたいと思うようになるだろう。地域ブランドを創出し、磨きをかける。それはJALの収益源多角化に欠かせない要素だ。
成長に不可欠な新しい動線整備
見方を変えると、JALは新しい動線を整備しようとしている。2012年以降、安倍政権の経済運営(アベノミクス)が進んだ。それが、地方空港と周辺の観光地をつなぐ動線整備に果たした役割は大きい。しかし、コロナ禍などによって多くの動線は寸断された。JALは新しい動線創出を加速させなければならない。それが、地域ブランドの磨き上げ=高付加価値化に決定的インパクトを与える。例えば、海外の富裕層向けに、プライベートジェット機の運航を増やす。国内での移動には、ヘリコプターを用いる。中間層(マス層)に対しては、感染に配慮したバスや鉄道での移動サービスを提供する。効率的、かつ安心できる移動サービスが観光資源の価値向上に与えるインパクトは大きい。
そのためにJALは非航空分野での取り組みを強化しなければならない。求められるのは異業種の企業、専門家との協力強化だ。伝統的な経済学の理論は、市場では無数の企業が完全知識を持って完全競争を行うと仮定してきた。しかし、現実は異なる。足許ではウクライナ危機によってインフレが急進している。企業の事業運営コストは増える。そのなかでJALは非航空分野に進出する。さらには、事業運営の効率性を引き上げなければならない。そのために、各分野の専門家との協力は不可欠だ。企業が成長を目指すために、企業間の協力、提携の重要性は格段に高まる。
JALは新しい企業風土を醸成すべき局面を迎えた。経営陣は、自社は航空会社だという固定観念を打破しなければならない。中長期的な目線で考えると、国内の観光資源の創出が新しい動線の創出を支える。それが、航空需要を回復させるだろう。経営陣はそうした展開を念頭に非航空分野への配置転換を加速させる。ただし、現在の取り組みペースの引き上げ余地は大きいと見られる。経営陣はよりダイナミックに非航空分野に経営資源を再配分すべきだ。それによって、新しい動線確立の取り組みを加速させることができる。それが同社の業績回復だけでなく、日本経済全体にもたらすプラス効果は大きい。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)