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なぜセブン&アイHDの「多角化」戦略は失敗したのか?コンビニ一点集中経営へ転換

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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セブン&アイHDのHPより

 近年、セブン&アイ・ホールディングスは資産の売却を加速し構造改革を進めてきた。それによって内外のコンビニ事業の成長戦略が強化されている。その一つとして、11月11日に、そごう・西武の売却が発表された。一方で、旺盛な個人消費の拡大期待が高まった米国の事業運営体制が急速に強化されている。

 今後、セブン&アイは国内ではスーパーからコンビニ分野へ経営資源をより大きく再配分し、収益性の維持と向上に取り組むだろう。一方、米国では出店戦略が一段と強化され、消費者との距離が縮められるだろう。同社の構造改革が強化されるに伴い、海外事業の強化や、国内での買収やビジネスモデルの転換などを目指す国内の小売企業も増える可能性が高い。そうした観点から、セブン&アイのコンビニ事業への選択と集中により多くの注目が集まるだろう。

セブン&アイが進めたオムニ戦略

 1990年代以降、セブン&アイは主として国内での事業運営体制を強化した。具体的には、スーパーからコンビニエンスストア、ネット通販、百貨店、さらには金融ビジネスを包摂するビジネスモデルの構築に取り組んだ。その考えを端的に表すキーワードがオムニだ。オムニとは「すべて」を意味する接頭語である。

 その象徴の一つが、百貨店ビジネスへの進出だった。2005年12月、同社は西武百貨店とそごうを運営するミレニアムリテイリングを買収した。1990年代初頭に日本の資産バブルは崩壊した。その後、西武百貨店とそごうは過去の過剰投資があだとなり、急速に経営体力を失った。一方、セブン&アイは食品スーパー、コンビニ事業の運営体制を強化した。さらにネット通販ビジネスにも進出した。1999年にはソフトバンクなどとの合弁会社としてイー・ショッピング・ブックスが設立された。食品や書籍などに加えて、高価格帯の百貨店ビジネスに参入することによって、セブン&アイは日本の消費者すべてを対象にした事業運営体制を整備しようとした。

 なお、ミレニアムリテイリング買収時のプレスリリースには「対等な立場」で経営統合を進める方針が明記された。買収の当初から、西武・そごうサイドには事業運営の主導権がとられることに対する不安や反発心があったようだ。その後もセブン&アイは、カタログ通販事業を運営するニッセンホールディングスや雑貨品を取り扱うフランフランなどを買収し、多角化を推進した。その上で、同社は多様な小売り事業をオムニ7のネット通販でつないだ。多様な小売業態に横ぐしを通し、すべての消費者のさまざまなニーズを取り込んで成長を目指そうとした。

 ただし、多角化戦略が想定されたシナジー効果を発揮することは難しかった。それは百貨店事業の収益の推移から確認できる。2008年2月期、百貨店事業の営業収益1兆254億円に達した。しかし、その後は徐々に減少傾向が強まった。低価格で食品などを提供するスーパーやコンビニと、高付加価値のサービスを提供する百貨店の業態の差を埋めることは難しかった。セブン&アイ経営陣にとって価値観が異なる組織を一つにまとめることは容易ではなかった。

人口増加期待を背景とする米コンビニ事業の強化

 一方、1990年代以降、セブン&アイは米国のコンビニ事業を強化してきた。最も重要な要素は、中長期的な米国の人口増加期待だろう。人口の増加は、経済が成長するために欠かせない。国連の人口推計(2022年版)によると、2022年から2050年の間、米国の人口は3億3700万人から3億7500万人に増加する。人口の増加によって食料品や日用品の需要は押し上げられる。経済のダイナミズムも高まる。

 その一例として、日本と異なり米国経済はIT先端分野で多くの企業が生み出されてきた。そうした要素を取り込むことは、セブン&アイが長期の視点で業績拡大を実現するために欠かせない。2005年には米7‐Eleven, Inc.を完全子会社化した。2021年にはマラソン・ペトロリアムが運営していた「スピードウェイ」ブランドのコンビニ事業と、燃料小売り事業を買収した。

 それによってセブン&アイは、コンビニのビジネスモデルを変革するイノベーションを目指したのである。具体的には、スピードウェイのコンビニ事業に、セブン-イレブンが得意としてきたパンなどの食品事業を統合した。店舗の清掃や物流なども統一した。その上で、コンビニにガソリンスタンドやEVの充電ステーション、デリバリーサービスなどの機能を新たに結合し、消費者のニーズをよりよく取り込むビジネスモデルが構築されている。その結果、米国のコンビニ事業はセブン&アイにとって稼ぎ頭に成長した。

 人口増加期待を背景に、米国におけるセブン&アイの成長の余地は大きいと考えられる。今後の事業戦略のポイントは店舗のさらなる増加だ。米国において、店舗と消費者の距離を縮めることができれば、収益獲得の機会はさらに増えるだろう。そのために、急速に事業ポートフォリオの入れ変えが進んでいる。フランフランなどの売却に加えて、百貨店事業も切り離された。他方で、セブン&アイは、国内のプライベートブランドの商品開発力をスピードウェイと結合し、米コンビニ事業の運営体制強化に一段と集中しはじめた。

高まる国内小売業界の再編機運

 やや長めの目線で考えると、セブン&アイコンビニ事業への選択と集中を徹底して強化するだろう。米国と異なり、日本では人口が減少する。経済は縮小均衡に向かう。そうした変化に対応するために、同社はスーパーストア事業と国内コンビニ事業の融合を加速させる可能性は高い。それは、日本の小売業界の再編を勢いづかせる起爆剤になるだろう。

 コロナ禍を一つのきっかけにして、人々の移動範囲は従来よりも小さくなったと考えられる。一つの大きな変化は、テレワークが当たり前になったことだ。通勤に費やす時間は減り、自宅で過ごす時間は増えた。その時間をより充実させるために、社会的な要請としてコンビニの役割期待は高まっているといっても過言ではないだろう。少し離れたスーパーで生鮮食品を購入するよりも、自宅から近いコンビニでその時に必要な食材や食品が手に入れば、生活の利便性は増す。デリバリーサービスの強化なども、よりよい生き方の実現に寄与するだろう。

 このように考えると、国内小売業界では、スーパーの機能が急速にコンビニに移されていく可能性は高い。そうした変化を収益につなげるためには、より効率的なサプライチェーンの確立が欠かせない。陳列する品物の数が限られるコンビニを通して消費者のニーズをより効率的に取り込むために、セブン&アイは商品開発と物流のスピードを高めなければならない。米国でのデジタル技術を駆使したデリバリーサービスや無人店舗運営などの習熟はそれに資すだろう。

 一方、国内コンビニ事業の競争力強化のための商品開発力向上は、海外のコンビニ事業の成長にも貢献するだろう。このように、セブン&アイはコンビニ事業への選択と集中を徹底して進めることによって、さらなるシナジー効果の発現を目指すと考えられる。やや長めの目線で考えると、同社が日米などのコンビニ事業で獲得した資金を、インドなど人口増加期待の高い国での事業運営に再配分する展開も予想される。それは、他の国内小売企業が自己変革に取り組む起爆剤になるはずだ。一つのシナリオとして、セブン&アイの選択と集中に触発された小売企業は、海外進出を目指して買収や資産売却を強化するだろう。それによって、これまで以上に業界再編が加速する展開が想定される。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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