国内各地で経営破綻したリゾート施設などを再開発し、業績を上げてきた総合リゾート運営会社の星野リゾート。「星のや東京」など、世界に日本のおもてなしを発信する新たな旅館業の取り組みも注目されている同グループは、バブル崩壊後、衰退したリゾート産業を成長産業へ導いた立役者としても知られている。
同グループが手がけたリゾート施設は予約が殺到するほど人気を集めているが、宿泊した経験から不満を抱き、その人気に異を唱える人もなかにはいる。
旅行関連の世界最大の口コミサイト「トリップアドバイザー」に、2020年12月に書き込まれたある投稿。その口コミは、星野リゾートのブランド「リゾナーレ熱海」を1泊朝食付き・2名(+乳児)で10万円相当のプランで利用した旅行客による「価格に見合ったサービスではない」という怒りの声となっていた。
投稿者いわく、乳児連れでスイートルームを予約したのに自分で荷物のカートを部屋までの長距離運ばされ、部屋のアメニティ品は格安ビジネスホテルレベルだったという。施設の建物に力を入れるあまり、ホスピタリティが微妙で値段相応ではないと憤っていたのだ。その投稿を引用するかたちで別のTwitterユーザーが今年9月20日に下記のツイートをし、1.6万「いいね」を獲得するなど話題を呼んでいた。
<星野リゾートリゾナーレへの熱の籠もった(怨念の籠もった)口コミ。ただこれは非常に星野リゾートの本質を突いてる。星野の設備は良いですが非常にホスピタリティレベルは低いのは確か。非常におままごと的なんですよね。星野のサービスは。それをブランドで売る商売>
はたして本当に星野リゾートが運営する施設は、高額な宿泊料に見合わないホスピタリティレベルなのだろうか。今回はその実態を知るべく、ホスピタリティ・マネジメントをを専門とする東洋大学准教授・徳江順一郎氏に話を聞いた。
星野リゾートはブランドごとにコンセプトが違う
まず、星野リゾートが運営する宿泊施設の特徴を整理しておこう。
「星野リゾートは、ブランドごとにコンセプトやサービスが異なるということが特徴的です。同社のブランドには『星のや』『界』『リゾナーレ』『OMO』などがありますが、例えば『星のや』は高級な手厚いおもてなしをする施設なのに対して、『OMO』だとサービスはかなり簡略化されています。一方で『OMO』は、街を案内するなど、通常の宿泊施設にはないサービスなども提供しています。このように同じ星野リゾートの施設でも、一概にひとくくりにしてはいけないのです」(徳江氏)
では、今回の投稿で話題になった「リゾナーレ熱海」はどんな施設なのだろうか。
「『リゾナーレ』ブランドは、『大人のためのファミリーリゾート。家族全員が参加できる地域や季節ならではのイベントに加えて、大人だけの時間を演出するサービスや子どもが楽しく学べるアクティビティを用意しています』というコンセプトを掲げています。リゾナーレは家族連れのなかでもどちらかというと大人が楽しむことにウェイトが置かれていますし、子連れでも楽しめることを謳っているのは小学生以上のお子様を想定しているように思います。今回利用された方は乳児のお子様連れで訪れたとのことでしたので、その投稿者の方を批難するつもりはありませんが、そもそもリゾナーレのコンセプトにあまり合っていなかったのかもしれません」(同)
前述の「トリップアドバイザー」の投稿者は、Go To トラベルで初めて星野リゾートを利用したと書いていた。
「投稿者の方はもしかすると、星野リゾートの施設がすべて同じクオリティというふうに思っており、『星のや』『界』『リゾナーレ』『OMO』などのブランドの相違をあまりご存じではなかったのかもしれません。乳児連れに手厚いサービスがあるところといった部分に焦点を絞って、他の宿やプランを熟考していたら、また違った結末になっていた可能性もあり得ます。星野リゾートはブランド選択さえ間違えなければ、満足度高く泊まれると思います」(同)
星野リゾートはそのブランドコンセプトに自身の宿泊スタイルが合っていれば、満足してリピーターになる人が非常に多いそうだ。では、なぜ「値段に合っていない」という口コミが寄せられてしまったのだろうか。
「値段とサービスが見合ってないということに関してですが、広い部屋を望めば価格は比例して高くなり、サービスも同様に比例して手厚くなっているという認識を持たれている方も多いでしょう。しかし、近年は星野リゾートに限らず同業他社でも、再生案件の施設では広い客室を用意しつつも相対的に低価格な設定になっていることも多いです。それは、ビュッフェ形式での食事の提供や、今回のようにスタッフが荷物を運搬する作業を省いたりして、コストを削減してリーズナブルな宿泊料を実現しているからです。そのため、価格帯や部屋の広さという一次元尺度で、宿の良し悪しは測れなくなってきているといえます。
その点からも、宿泊する部屋がスイートでやや高価格だったとしても、そういったさまざまなサービスを省いていることが推測されます。ですからお客様側はホテルを選ぶ際に、宿の設備や部屋の内容だけでなく、自分たちのニーズにサービススタイルやホスピタリティが合っているかどうかも、確認しておく必要がある時代になってきているのかもしれません」(同)
「リゾナーレ熱海」のアメニティ品がビジネスホテルレベルだったということも、そういった面をコストカットして比較的リーズナブルに提供していると考えると、納得がいくのかもしれない。
消費者側と施設側の認識共有が不十分だった?
「乳児連れであることへの配慮がなかったことについては、その場で手助けをお願いしたい旨をスタッフに伝えていれば、おそらく対応してくれたのではないかと思います。『察することが美徳』という日本ならではの文化があるなかで、投稿者の方はお願いせずともスタッフに察してほしかったと推測しますが、『サービスを省くこともまたサービス』という新しい風潮もあり、こういった不運なトラブルが起こったのではないでしょうか。実際に、私もさまざまなトラブルに発展しているケースをよく耳にしています。
現在、宿泊施設は多次元に変化を遂げています。ですから、やはり消費者側も自分の目的やニーズに合った施設を選択する必要がありますし、宿側もそういった違いをしっかりと消費者に伝える努力が必要でしょう」(同)
今はホテル・旅館業界におけるサービスやホスピタリティのあり方の過渡期であり、消費者側と施設側の認識共有が不十分だったのだろう。
「例えば回転寿司だと、目の前に流れているものを自分で取り、値段もわかりきったうえで食べるということから、不確実性がかなり排除された関係を店側と客側で結べています。これに対し、値札がなくお任せで握ってもらう寿司屋は、そもそもどんなネタが出てくるのかわからず、場合によっては値段さえわからないことから、非常に不確実性が高いといえます。
ところが、不確実性が高いからこそお互いに信頼関係が必要で、信頼関係が構築されるとお客様側が『関係も消費する』という、さらなる喜びにつながります。私は、この『不確実性の高い環境における関係性のマネジメント』こそが、ホスピタリティの根源であると捉えています。要は、すべてのリクエストに応えることがホスピタリティというわけでもない、ということですね。
星野リゾートでいうと『星のや富士』は、必ずしも泊まった日に富士山が見えるとは限りません。当然、天気が悪く雨や曇りだと見えづらくなるでしょう。しかし、天候という非常に不確実性の高いものを含めてマネジメントしていくわけですし、そのなかで生じてくる不確実性を踏まえたサービスを提供しているということなんです」(同)
「トリップアドバイザー」に投稿された不満は、消費者側の要望と宿側が提供するサービスが一致しなかったことで引き起こされてしまったのだろう。現在の多様化し続ける宿泊施設の現状を踏まえて、自身の滞在スタイルや求めているサービスに合致する宿泊施設を探すことが、利用後の満足度につながるのではないだろうか。
(文・取材=A4studio)