一念発起で起業して、脱サラしたいと考える人もいるだろう。少し前に、ネット上ではある起業に関する投稿が話題となっていた。その内容は、「起業→粗利益2000万の会社にする→1億で会社を売る→現金1億ゲット。超簡単。なんで日本人知らないんだろうと思うレベル」というもの。しかし、起業しても経営を軌道に乗せるのは困難だ。「粗利益」は正しくは「利益」だと思われるが、利益2000万円を上げる企業に育て上げ、その企業を売って1億円儲けるというのは、本当に「超簡単」なことなのだろうか。そこで今回は、起業コンサルタントとしてこれまで3000人以上の起業家の相談に乗ってきたV-Spiritsグループ代表で、All About起業・独立のノウハウガイドの中野裕哲氏に話を聞いた。
中小企業の7割は赤字の現実…起業してからもリスクが付きまとう
「まず起業して2000万円の利益を出すこと自体が容易なことではありません。中小企業の7割が赤字といわれていますので、2000万円の利益を出すどころか、黒字状態の安定した経営を持続するだけでも非常に難しいことなのです。仮に黒字の状態の企業だとしても、数百万円程度の利益の企業が多いです。このように、金銭的に余裕のある企業が少ないなかで、純粋に2000万円の利益を出している会社はかなり少数といえます。また、その企業のビジネスが社会的にニーズの高いものや、将来性を見込めるものでなければ、確実に高値で売却できるわけでもありません。そう考えると1億円で売却できる企業というのは、100社に1社ほどの確率で、ほんの一握りでしょう」(同)
ちなみに1億円で企業を売却するケースは珍しいという。
「1億円で売れるほど価値のある企業を売却するケースで多いのは、連続起業家といわれる経営者である場合です。連続起業家は次々に新規事業を立ち上げ成長させていく『起業家のプロ』ともいえる存在。そうした起業家は、価値あるうちに企業を売却し、次のビジネスを立ち上げる資金にするのです。しかし、実際はそのような起業家はほんの一部にすぎません。
私が起業コンサルタントを始めて16年で、3000人ほどの起業家の方の相談に乗ってきましたが、1億円ほどの額で企業を売却したという件数は3件しかありません。何百件のうちの3件ですので1%にも満たない確率。1億円で企業を売却することはそれほど珍しいことなのです。その理由は、1億円で売れるほどの価値のある会社であれば、経営を続けたほうが得だと考える起業家が大半だからです。価値ある企業に育て上げたにもかかわらず、売却して手放すというのは非常に惜しいことであると思います」(同)
起業後に借金地獄に陥ってしまう可能性も…まずは資金確保が最優先
起業して大きな利益を上げることのハードルが高いだけでなく、そもそも黒字化して経営を安定させること自体が難しい。中小企業庁が公表している2023年版「中小企業白書」によると、創業した中小企業の5年後の生存率は80.7%となっており、およそ5社に1社が5年後に生き残れていないということだ。また、生存している側に入っている企業も、ギリギリの黒字化でなんとか耐え忍んでいる企業や、もしくは赤字経営となってしまっている企業もある。
「明確に廃業・倒産はしていなくても休業している企業もあるでしょう。そういった休業中の経営者は、いったん会社員に戻って赤字分を稼いでから事業を再開させようと、なんとか企業を存続させているケースが多いです。赤字の会社経営者のなかには、自身の貯金を切り崩したり、親戚からお金を借りたりする場合や、金融機関からの融資によってなんとか経営を維持しているパターンが少なくありません」(同)
こうした状況に陥らないためにはどのような準備をしておくべきなのだろうか。
「起業にはリスクが付きものですので、なるべく事業を始める前から、コツコツとリスクに備えて貯金をしておくことが重要でしょう。例えば、会社員の方であれば給料の2割を毎月起業資金として貯蓄するなど、起業後になるべく借金をしないで済むように、具体的なプランで資金確保をすることが大事です」(同)
起業するなら熱意をもって、簡単に揺らがない意志を持つことが大切
起業の成功率は高くないが、そのなかでも成功する可能性がある業界はあるのだろうか。
「健康食品ビジネスの成功率が高いという話も聞かれますが、鵜呑みにすることは危険だと思います。まず、健康食品業界はライバルとなる企業が多いということや、通販サイトでは似たような商品があふれていて、価格競争が激しく、生き残りが難しい分野になります。また他の商品との差別化や、知名度を上げるためには宣伝・広告も重要になりますので、そうした資金力がなければ大きな成功は難しいでしょう。
一方で、現在のトレンドであるIT関連のビジネスに関しては、まだ生まれてから30年ほどで開拓しきれていない分野であるため、ビジネスの幅が大きく、他の業界に比べると成功率は高いでしょう」(同)
最後に、起業する際のコツや重要なことについて聞いた。
「どの業界にもいえることではありますが、世の中を観察しながら、社会的なニーズの高い分野で、まだ世界のどこにおいても運用されていないようなサービスを見つけ出し、いち早くアイデアを形にすることが重要です。またリスクの取り方を調整して、起業に挑むことも起業のコツでしょう。いきなり起業するよりは、一度副業などで経営における自身の力量などを確かめてから、本格的に会社を立ち上げるというように、リスクをなるべく少なくすることも意識すべきポイントになります。
そして何より一番大切なことは、自分が熱意を持ってやってみたいことかどうかをしっかり考えることです。起業する人のなかには、会社員を辞めて今よりお金を稼ぎたいという人もいれば、自分の好きなことをして生きていきたいという人もいて、目的はさまざま。その目的に対して確固たる熱量がないと、起業をして壁にぶつかったときに、気持ちが折れやすいのです。そうならないためにも、まずは心の底から強く起業をしたいという気持ちを育むことが重要だと思います」(同)
(文=A4studio、協力=中野裕哲/V-Spiritsグループ代表)