スズキとVWは2009年12月、環境技術や小型車開発で提携。VWはスズキの発行済み株式の19.9%を取得し筆頭株主となったが、提携がなんの果実も生まないことから両社の関係はこじれた。スズキは11年11月18日に資本提携解消を決め、自社株の売却を求めたがVWはこれを拒否。そのため同月24日、国際商業会議所国際仲裁裁判所(ロンドン)で仲裁手続きを開始した。スズキはVWが保有するスズキ株式を、スズキまたはスズキが指定する第三者に売り渡すことを求めた。
今回自社株取得枠を再設定したのは、VWが保有するスズキ株式の受け皿をつくる狙いがある。自社株取得枠の設定をしたのは今回で4度目。それだけ裁判が長期化したということだ。
お互いが一歩も譲らず長引いていた仲裁は、いよいよ大詰めを迎えた。争っていた3年間に自動車業界の地図は大きく塗り替わった。このまま資本関係を続けていても両社にとってなんのメリットもないことがわかったからだろう。スズキがVWと提携したのは、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)などエコカーの技術開発で取り残されるのではないかという恐怖感からだった。だが、HVやEVはいまだに自動車の主流になっていない。
スズキが主戦場としている新興国市場では、安いエンジン車をどう売るかで勝負が決まる。スズキは自前の高性能なエンジンの設計技術を使って、負けないクルマづくりができるようになった。小型車の「スイフト」は、他社の追随を許さない低燃費を達成した。一方、VWはスズキの低コストの小型車開発ノウハウが欲しかったが、今や自前でコストを引き下げていいクルマをつくれるようになった。両社は、お互いに利用するメリットが薄らいできたのである。
こうした両社の事情もあって、1株当たりの買い取り価格を上積みするなどスズキ側がペナルティーを払い、VW側から株式を買い戻すことになるとの見方が強まっている。買い戻しに備えて、スズキは自社株取得枠を再設定したわけだ。
●鈴木社長退任への花道
スズキの鈴木修会長兼社長は、今月1月に85歳を迎える。最後の大仕事であるVWとの紛争が決着すれば、社長を退任するとみられている。引退の花道は整っている。14年(暦年)にダイハツ工業から軽自動車販売の首位の座を奪還した。軽自動車の14年1~12月の累計販売台数は、スズキが前年比13.9%増の70万9083台。一方、ダイハツは7.0%増の70万6288台。2795台の僅差でスズキがダイハツを上回った。12月の販売台数はスズキが前年同月比51.8%増の7万1830台。対するダイハツは同39.6%増の7万4304台。12月はダイハツが激しく追い上げた、両社が激しい首位争いを展開したことを数字が物語っている。
軽自動車市場は消費増税前の駆け込み需要で13年は211万台強と過去最高を記録したが、14年は一転して1割前後落ち込んだ。消費増税後の需要の冷え込みの対策として、スズキはSUVとワゴンタイプを融合した新型車「ハスラー」を投入し、一気に攻勢をかけた。ハスラーが販売を牽引し、14年通年で軽販売トップになった。8年ぶりの首位奪還である。スズキは軽のシェアで06年まで34年間トップだった。首位の椅子への返り咲きと裁判の決着を花道に、社長の座を息子の俊宏副社長に譲り、会長職に専念するとみられている。
8年ぶりに軽の王者に返り咲くというのに、スズキ社内には高揚感はない。裁判が終われば、新たなパートナー探しが待ったなしでやってくる。相手としてイタリアのフィアット・クライスラー・オートモービルズの名前が挙がる。セルジオ・マルキオンネCEO(最高経営責任者)が、スズキとの提携拡大に意欲的だからだ。持ち株会社として傘下に伊フィアットと米クライスラーを置き、マツダとも提携している。フィアットはディーゼルエンジンをスズキに供給しており、フィアット、クライスラー、マツダの連合にスズキが加わるという筋書きだ。
かつて資本提携していた米ゼネラルモーターズ(GM)と、よりを戻す可能性もある。GMは業績が回復、インド市場を押さえているスズキに魅力を感じている。VWにスズキ株式の継続保有を認める裁定が出れば、防衛策を講じる必要が出てくる。友好的な買収先であるホワイトナイト(白馬の騎士)の最有力候補はトヨタ自動車との見方も強い。トヨタも成長が期待できるインド市場に魅力を感じている。トヨタは1970年代後半にスズキが排ガス規制への対応が遅れた際、ダイハツを通じてスズキの窮地を救ったことがある。
国際仲裁裁判所からどんな裁定が出てもスズキが独立を維持できるかどうか、予断を許さない。
(文=編集部)