吉野家、1720円「鰻重」は厳しい戦いと予想の理由 160円「つゆだけ丼」に商機?
以上から、厳しい戦いを強いられると考えるのだ。
吉野家の提供価値を外してはいけない
かつて吉野家は、赤坂に高級路線の実験店舗を持っていた。赤坂一ツ木通りにあった「特選吉野家あかさか」だ。門構えは高級割烹のようであり、入り口から入るとガラス張りの冷蔵ケースの中に白布でくるまれた牛肉の塊が陳列されていた。店内では着物を着た仲居さん風の店員が盆にのせたお茶をサーヴしてくれた。国産牛肉と赤ワインをふんだんに使った特選牛丼は1000円前後。1980年代後半、日本がバブル経済期に入り、強い日本だった頃の話だ。
残念ながらすでに閉店してしまい、現在私たちは特選牛丼を楽しむことはできない。実験店舗だったが、そのコンセプトを多店舗展開することは叶わなかった。吉野家の提供価値である「うまい・やすい・はやい」の範疇を外れていたからだ。消費者は、吉野家に「うまい・高い」を求めていない。「うまい・高い」を求める場合、他に選択肢はいくらでもあるからだ。
今回の鰻重は既存店舗で展開される。だから、本格的に鰻の名店と競争しようとは考えていないのだろう。従来の牛丼のターゲット顧客以外に、健康志向の「ベジ丼」と同じくらいの位置づけで、新規ターゲット顧客を少しでも増やすことができればという考えなのかもしれない。
また、吉野家の新規ターゲット顧客開拓の方向性は、健康志向や本格的な鰻の方向ではないと思う。「うまい・やすい・はやい」を研ぎ澄まし、例えばご飯に牛丼のつゆだけをかけた「つゆだけ丼」を160円ほどで販売するという方向性もあるのではないだろうか。欧米諸国、アジア諸国の競争力に追いつけず、日本がどんどん引き離されている中、国内市場の成長ターゲットセグメントは、むしろこちらにあると考える。
(文=牧田幸裕/信州大学学術研究院<社会科学系>准教授)