ひとつは、人の手を加えて、スポーツカーに求められる性能と質感をしっかりつくり込むためである。S660では、エンジンと変速機を運転席の背後に置くミッドシップレイアウトが採用されている。先端部分が軽くスッと旋回姿勢に入ることができ、キレのあるキビキビした軽快な走りを実現する。ところが、ミッドシップは極めて生産が難しく、N-BOXの生産ラインに乗せることはできない。
その点、四日市製作所は生産台数が少ない分、一台の生産に対してより多くの時間がかけられる。S660の上質な乗り心地と正確なステアリング操作は、人の手と機械の融合による専用工程だからこそ、つくり込むことができるのである。つまり、少量生産の強みを最大限生かす。逆転の発想だ。
例えば、車体骨格の溶接工程では、4人の熟練作業者がフロアコンプと呼ばれるボディの内側に独自の「インナー治具」をセットし、ピラーなどのインナーパーツをリベット留めする。一台一台、丁寧に位置決めをしたうえで作業を行うため、おのずと取り付け精度が高まる。
4人の作業者は声を掛け合いながら、チームワークよく組み付け作業を進める。部品一点一点の組み立て精度がクルマの性能を決定づけ、スポーツカーならではの走りを実現する。
足回りの取り付け工程にも工夫がある。専用の治具を開発して、タイヤの位置からの入力が「1G」となる、車が走り出すときの状態を再現して部品を取り付けているのだ。足回り各部にストレスをかけずに部品を取り付けるためである。
日本でしかできないモノづくり
S660が少量生産にこだわるもうひとつの理由は、利益の出せる工夫を盛り込むことである。指摘するまでもなく、S660のようなスポーツカーは大きな市場は望めない。「となれば、売れたときに合わせて設備投資をするわけにはいかないんですね」と、八千代社長の笹本裕詞氏は語る。つまり、少量生産と効率のバランスをとるには、徹底的に投資を抑える必要がある。そのため、現にS660は軽商用車「アクティ・バン」との共用ラインでの生産を可能にする工夫が凝らされている。
「アクティのエンジンは下からの締め付けなのですが、S660は上からの締め付けもあります。そこで、横に架台を設けて締め付けを行っています」(笹本氏)
さらに、ラインはコンパクト化が図られている。従来、フロントコンプ、リアコンプ、フロントフロアはそれぞれ別の場所でつくっていたのだが、フロントとリアを共用治具にすることにより、一つのラインの中で完結させているのだ。加えて、従来であればロボットが自動でクランピング(締め付け)するところを、人の手でリベット留めを行うことにより、クランプや柱、ピンなどを削減し、治具や設備にかかる投資を徹底的に抑制した。