「イメージとしては、従来の治具に対して、半分くらいの部品点数で治具ができていると考えていただいていいと思います」(同)
特筆すべきは、時代に逆行するかのように手作業を増やしたことだ。S660の専従作業者は14人である。彼らは、骨格からドア・フードの取り付け作業まで幅広い作業をこなす多能工だ。熟練作業員というと年配の作業者を思い浮かべがちだが、四日市製作所の熟練作業員は若い。もともと車好きの若手が、現場で習熟度を上げていったという。
「これは、日本でしかできないモノづくりのやり方だといえます。普通の大量生産のモノづくりとは、仕事の幅がまったく違うと思います」(同)
多品種少量生産のモデルの地平を切り開く
八千代はもともと、少量生産を得意とする。福祉車両や特装車など大量生産ラインに乗りにくいクルマの生産を手掛け、ノウハウを積み上げてきた。例えば、手の不自由な人が足だけで運転できる車両など、体の状態に合わせた福祉車両を一台一台つくっているのだ。
クルマづくりというと今日、投資を数すなわち大量生産で償却するやり方が主流だが、数を追うだけがクルマづくりではないだろう。四日市製作所は、設備投資を極力抑えたうえ、人の手を活用することにより、少量でも低コストで生産するための実験場といっていい。いわば、高効率・少量生産のビジネスモデルの構築である。
「これからは、人に焦点を当てたモノのつくり方があってもいいんじゃないかと思うんですね」と、前置きして笹本氏はいう。
「今後は、アフリカをはじめとするネクスト市場、すなわち数は少ないけれどもクルマを必要とする市場で、こうした人の手を使ったつくり方が生かせるのではないかと思います。車づくりが硬直化する中で、目先を変えながら、違ったつくり方をしていくことが重要になってくると思います」
スポーツカーというと、「超」がつくほどのラグジュアリーカーが思い浮かぶが、S660は違う。手頃な価格で本格的な走りを楽しむことができる“マイクロスポーツカー”をコンセプトにしているだけに、ユーザーの手が届く価格を実現した。
しかし、走りには妥協したくない。S660は生産工程のさまざまな工夫と努力でスポーツカーを身近な存在にするとともに、クルマの世界に多品種少量生産のビジネスモデルの地平を切り開いたといえるだろう。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)