法人向けのクラウド型名刺管理サービスのSansanは6月19日、東証マザーズに上場した。売出価格4500円に対して初値は4760円。終値は5460円で時価総額は1634億円。ユニコーン企業(未上場で企業価値が10億ドル=1100億円超)の誕生だ。マザーズの時価総額ランキングでは第6位となった。
創業者の寺田親弘社長が保有するSansan株(1092万株)の資産価値は、上場初日の終値ベースで596億円に達した。大富豪の仲間入りを果たしたことになる。7月24日に6260円の上場来高値をつけた。上場来安値は6月19日の4730円。一貫して右肩上がりの株価となっている。8月1日の終値は5840円だ。
上場初日に記者会見した寺田社長は「名刺管理の潜在市場は大きく、国内の利用者は現在の100倍の開拓余地がある」と述べた。
法人向けは好調、個人向けは大赤字
上場後の初決算となる2019年5月期の連結決算の売上高は前期比39%増の102億円、営業損益は8億4900万円の赤字(18年同期は30億円の赤字)、当期損益も9億4500万円の赤字(同30億円の赤字)だった。利用者数の拡大に向けた広告宣伝費などの先行投資が嵩んだ。当面は無配を続ける。
法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」事業は好調だ。売上高は前期比37%増の96億円、営業利益は2倍の29億円。営業利益率は30.2%で前期より9.7ポイント上昇した。契約件数は同13%増の5823件、契約当たりの月次売上高は同22%増の15万6000円、直近12カ月の平均月次解約率は0.66%となり、前期より0.1ポイント改善した。
一方、個人向けアプリ「Eight」事業は赤字だ。収益化の方法(ネット上の無料サービスから収益をあげる方法。クリック報酬型広告をサイト貼り付け、広告主から収入を得るなど)を強化した。売上高は前期比2倍の5億6600万円に増えたが、営業損益は12億円の赤字(18年同期は29億円の赤字)と水面下に沈んだままだ。Eightのユーザー数は244万人で、前期より30万人増えた。
20年5月期の連結売上高は19年同期比35%増の138億円、営業利益は7億2400万円の黒字に転換する見込み。純利益の予想は開示していないが、最終損益も黒字になる見通しとしている。5期連続の赤字から水面上に浮上する。
法人向けサービスでは、メガバンクや総合商社など大企業向けの営業体制を拡充するほか、外部のクラウドサービスとのデータ連携を強化し付加価値を高め、一契約当たりの売り上げを伸ばす。個人向けはマーケティング広告を軸に、単年での黒字化を目指す、としている。
Sansanは足元の業績が赤字のまま上場したが、「成長性を考慮すれば割安」(新興市場を注視するアナリスト)との声があり、実際に株価は上場以来、ジリ高基調が崩れていない。IPOは初値の上昇率ばかりに目が行きがちだが、公開価格をしっかり見極めることが重要だということを同社の株価が教えてくれる。
三井物産出身の起業家
創業者の寺田親弘氏は1976年12月、東京都生まれの42歳。父親が起業家だったことから、起業家を目指した。慶應義塾高校から慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)の環境情報学部に進学。SFCは起業家を多数、輩出している。
99年に三井物産へ入社し、情報産業部門に配属された。2001年、米シリコンバレー駐在となり、米ベンチャー企業の日本市場でのビジネス展開を支援する仕事をした。帰国後、社内ベンチャーを立ち上げたほか、セキュリティ対策会社、三井物産セキュアディレクションに出向、経営管理部長に就いた。
もともと起業家志向の寺田氏は、三井物産を退社。07年、三三株式会社を設立した。「名刺」に着目したのは、誰もが使うツールにもかかわらず、個人としても組織としても、まともな管理方法が確立されていなかったからだ。人と人とのつながりをデータベース化することで、すごいことができそうだという感触はあったという。
起業にあたって、日本オラクルにいた富岡圭氏に声をかけた。当時、中国にいた富岡氏を口説きに行き、2人で世界最大のダムである三峡ダムを旅した。その折り、三三という社名(サービス名は「Sansan」)にしようと決めた。
富岡氏は共同創業者となって取締役・Sansan事業部長に就き、14年に商号を三三からSansanに変更した。
駐日米国大使賞を受賞したのが起爆剤に
11年、優れた起業家に贈られる「The Entreprenur Awards Japan2011」において「U.S. Ambassdors Award(駐日米国大使賞)」を受賞したことが転機となった。
同賞は在日米国大使館や在日米国商工会議所が主催。名刺管理サービスを通し国内500社以上の新しい市場を開拓してきた実績のほか、事業展開を予定している米国をはじめ海外市場でも普及の可能性を秘めたビジネスモデルが評価された。
米国大使館のお墨付きを得たことで、経済メディアは一斉に、名刺をクラウド上で管理するニュービジネスを取り上げた。
Sansanのサービスを使えば、名刺をスキャンしたり、スマホで撮ったりするだけで、サーバーに情報を保存できる。社員が交換した名刺をデータベース化して全社で共有することにより、営業支援に役立てるという月額課金サービスだ。
Sansanには上場を当て込んでファンドの投資が相次いだ。18年12月には、日本郵政キャピタルなどから30億円調達した。日本郵政キャピタルと米運用会社、Tロウ・プライスが新たな株主となったほか、SBIインベストメントと米DCMベンチャーズが追加出資。外部から資金調達を始めた13年以降、累計で約114億円を調達した。米ゴールドマン・サックスや日本経済新聞も出資している。
Sansanは法人向け名刺管理サービス市場シェアの8割を押さえている。それでも全国の就労者数で考えると1%程度にすぎない。大きな成長余地が残されている。新たなサービスや事業を行うために、Sansan はM&A(合併・買収)も検討する。
上場記者会見で寺田社長は、こう語った。
「中長期的には、配当を出すことも視野に入れている。しかし、今は市場の評価を獲得して株価を上げていくことが、より重要だと考えている」
“上場ゴール”にならないために、どんな株価引き上げ策を具体的に打ち出すことができるのか。寺田社長は市場と積極的に対話する必要がある。
(文=編集部)