「これまでは、個人で進出してくる日本人が和食レストランや日本風の居酒屋、ラーメン屋などを開くパターンが多かった。相手は日本人駐在員やその家族」(バンコク在住記者)
あくまで日本人が日本人向けに提供する、ニッチな世界だった。
しかし、タイ人中間層が経済力をつけ始めると事情は変わってくる。もともと親日的なお国柄。日本食はあっという間に外食産業のトップに躍り出る。タイ人の経営する日本食チェーンが隆盛を極めるようになった。
「とはいえ、回転寿司に着想を得た『回転しゃぶしゃぶ』(レーンに乗せられてくぐらせる具材が回ってくる)や、緑や黄色など派手な原色に着色されたトビコの寿司、甘い緑茶など、タイ風にアレンジされた日本食がほとんどだった」(同)
日本人から見れば、どこかおかしな日本食だが、このブームをきっかけにタイ人に広く「日本の味」が認知されるようになっていく。寿司やたこ焼きの屋台が、日本人など誰も行かないタイの地方都市の市場にまで見られるようになる。
そこにきて、2013年7月、日本を訪れるタイ人の観光ビザが免除される。タイ人の間で日本旅行が大流行、14年には66万人(前年比45%増)を記録した。多くのタイ人が日本を旅し、「本場の」日本食に舌鼓を打った。これがタイ国内の日本食マーケットの成熟化を促した。「なんちゃって日本食」では満足できず、「日本で食べたあの味を母国でも味わいたい」という本格的な和食を求める層が急増した。
「この波に乗ったのが、日本の大手飲食チェーン。提携している食品メーカーがすでに多数、タイに進出しており、食材の確保がしやすい。日本人からするとチェーン店は味気なく映るが、タイ人にこだわりはない。明るく、派手目で、メニューが幅広く、ファミリーの利用に適したチェーン店はタイ人向き」(日系企業のバンコク駐在員)
大戸屋、吉野家、つぼ八、すき家、CoCo壱番屋、モスバーガー、幸楽苑、丸亀製麺、やよい軒、世界の山ちゃん、一風堂、矢場とん……。バンコクでは日本の地方都市を上回る勢いで、チェーン店が展開するようになった。ある日本食レストランの店長は話す。
「値段設定は日本と同じか、タイのほうがやや高め。それでもお客は入ります。ターゲットは日本人駐在員ではなく、タイ人。いまや日本人よりもタイ人中間層のほうが客単価が高いかもしれません」
レストランだけではない。昔からあるセブンイレブンのほか、ファミリーマート、そして近年ローソンなど、日系のコンビニエンスストアもタイには多数進出。そこでは和風の弁当や日本のカップ麺、漬物、納豆、おにぎり、ふりかけも買える。タイ人の食生活に、日本食はもう完全に溶け込んでいる。
進出リスクも
こうした状況を見て、タイを目指す企業は増えるばかり。とくに地方都市の中小飲食事業者が目立つ。狙い目は、タイ人の日本旅行リピーターだ。彼らは東京や富士山などのメジャー観光地では飽き足らず、地方都市を訪問する傾向にある。そこで特色豊かな土地の名産を食べ、とりこになって帰国したタイ人中間層を、バンコクで出迎える。北海道名産、名古屋風、大阪の味、九州特産……そんな店がバンコクには増えているのだ。
「味が確かで店の雰囲気がよければ、チャンスは大きい。景気回復といっても実感のわかない日本より、好景気のタイのほうで勝負しようという人は増えている。しかし、進出の際に気をつけなければならない存在が、日本人の自称コンサルタントや、あやしげな投資会社。営業許可や労働許可証の取得、テナントの契約などで多額のマージンを取ったり、あるいはずさんな業務計画を押し付け、不当に高いコンサル料を取るなどのケースが続出している。違法行為をする悪質な業者もいる。信用できる業者を見つけることが、成功への第一歩だろう」(前出記者)
うまくいけば、アジアで大成功する可能性は大きい。しかし、同じ日本人の食い物にされてしまう危険もある。ともかく、タイに賭けに打って出る日系企業は増えるばかりである。
(文=編集部)