コンサートホールの騒音・振動対策
極めて便利な通信防止装置ですが、世界のどこのホールでも利用しているわけではありません。たとえば、通信を遮断することにより、医療関係に従事している方々などは、緊急な連絡を受けられなくなりますし、心臓に持病を持ちペースメーカーを使用している方の遠隔モニタリングシステムなども遮断されてしまいますので、法律で禁じられている国もあるからです。
しかも、悪意を持ってこの通信防止装置を使用すれば、社会を大混乱させることができます。そこで日本では、総務省が免許を交付した場所でないと使用できないことになっているのです。免許交付の条件としては、「通信の抑止効果の及ぶ範囲が一定の空間に限られ、当該空間(コンサートホール、劇場及び演芸場)が不特定多数について開かれていないこと」と定められています。その理由としては、“興行の円滑な遂行の確保のため“となっています。免許を取得せずに使用した場合、電波法違反(5年以下の懲役または250万円以下の罰金)となります。
ところが意外なことに、同じく静寂が必要な美術館や図書館には免許がおりないのです。それは、“興行の円滑な遂行の確保”という要件に当てはまらないからだそうです。美術館や図書館の中での通話がマナー違反であることはコンサートホールと同じですが、たとえ着信音が鳴ったとしても、それで美術鑑賞や読書がすべて台無しになるとは考えにくい。なかには、インターネットで画家の生涯を調べたり、ラインで友人にお薦めの本を問い合わせる方もいます。一方、コンサートホールでは携帯電話を使用すると、周りの人のコンサート鑑賞を台無しにできてしまうのです。
さて、こんな静寂が必要なクラシックの演奏会ですが、台無しにしてしまう騒音は、観客席からだけ出るわけではありません。たとえば、外部からの騒音。近くを大型ダンプカーが通ったり、パトカーがサイレンを鳴らしたり、子供たちが歌を歌いながら遊んでいる音でも、ホールに入ってしまったら、演奏ができなくなります。そして反対に、コンサートホールからの音も、外に出てしまったら、近隣の住民にとっては騒音となってしまいます。音響の良いホールでオーケストラが一斉に音を出すと、ステージ上では110デシベルにまでなりますし、特に大きな音が出るトランペットや打楽器などは120デシベルを超えるそうで、これはライブハウスの音量を超えて、ジェット機のエンジン音くらいになります。そんな大きな音を外部に漏れさせないことも、音響技術なのです。
しかし実は、もっと厄介なのは、電車の振動音です。特に、ホールの下に地下鉄が走っている場合は大変です。英国・ロンドンにも、地下鉄からの振動に悩まされているコンサートホールがありましたし、東京にも地下鉄の上に建てられた老舗会場があります。
ちなみに、最近のコンサートホールでは、建築技術の発展により地下鉄問題は解決されて、たとえば、建物の中に演奏会場がすっぽりと入った巨大な箱を浮かせるといった、僕には頭でわかっても想像できない「Box in Box」工法が、多くの新しいホールに取り入れてたりして、むしろ、地下鉄の駅に近接していることはアクセスの良さとなっています。
(文=篠崎靖男/指揮者)