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東芝不正で処分の新日本監査法人、解体の可能性も…会計士引き抜き争奪戦が加熱

文=伊藤歩/金融ジャーナリスト
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東芝不正で処分の新日本監査法人、解体の可能性も…会計士引き抜き争奪戦が加熱の画像1東芝の事業所(「Wikipedia」より/Waka77)

 東芝の不正会計を見逃したとして、12月22日、新日本監査法人に行政処分が下った。すでに11月中から新日本には重い処分が下る見込みであることを大手メディアが報じており、12月15日には金融庁内の公認会計士の監督組織である公認会計士・監査審査会が金融庁長官に対し処分勧告を出していたので、最終的な手続がとられたにすぎない。

 処分内容は、21億円の課徴金に新規契約業務の3カ月間停止というもの。業務停止は小規模な監査法人では過去にも事例がいくつもあるが、課徴金処分は制度発足以来初。21億円の根拠は、虚偽記載があった2012年3月期と13年3月期の監査で新日本が受け取った監査報酬相当額だ。

 業務停止の範囲も新規契約を16年1月から3月までの3カ月間は受注してはいけないというだけで、既存の監査先への監査業務は禁じられていない。全面的な業務停止処分を受けると、たとえその日数が1日であったとしてもすべての監査契約先との契約を解除しなければならなくなる。12月決算の企業が間もなく決算期末を迎え、3月決算の企業が第3四半期まで終了しているこの時期に全面的な業務停止処分を受けると、新日本に監査を依頼している1000社近い上場企業がとばっちりで甚大な被害を受ける。その点への配慮を含んだ業務停止範囲であることは間違いない。

世論の空気を読んだ(?)行政処分

 ただ、今回の処分、監査実務を手掛ける公認会計士にとってはかなりショッキングな内容らしい。処分理由は虚偽記載のある有価証券報告書に無限定適正意見、つまり重大な虚偽がない有価証券報告書である、という内容の監査報告書を作成したというものだが、これまで処分対象になるのは、会社側と結託していた場合や、極めて重大な過失があった場合に限られるというのが常識だった。

 ところが今回は、「東芝の説明を鵜呑みにした」「批判的な観点から検証していない」「東芝が提出してきた資料以上の詳細な資料提出や説明を求めていない」、そして「経営者が使用した重要な仮定の合理性や見積りの不確実性の検討過程を評価していない」といった理由だ。

 問題となった工事進行基準は、経営者が対象事業に対して想定しているシナリオに従って費用と収益が計上されていくので、前提となっているシナリオの妥当性をより突っ込んで検証すべきだったのにしなかった、ということが理由になっている。これまでの常識に照らせばせいぜい業務改善命令どまりなのに、一部とはいえ業務停止処分が発動され、初の課徴金納付命令も出ている。

「もともと監査は会社側が正しく作成したものを検証するものであって、不正発見を主目的にしたものではないが、社会の要請と批判に耐えきれず、監査基準に13年6月の改訂で不正リスクにも対応せよとの基準が設けられた。今回の処分理由は、この新監査基準を施行前の時点に遡って適用しているようなもの」(監査実務を手掛ける公認会計士)

 実際、オリンパスのケースでは、長年オリンパスの監査を担当していたあずさ監査法人が、粉飾の端緒を掴んでいながら後任の新日本にその事実を引き継いでいなかったわけだが、それでも業務改善命令で済んでいる。

 平成バブルが崩壊し、上場会社の不倒神話も崩壊してからかれこれ四半世紀。この間、巨額の粉飾が発覚するたびに、監査法人が粉飾を見過ごしていながら重い処分を受けないことについて、世論は批判的な目を向けてきた。

 市場参加者の憤りはなぜか粉飾を行った会社側よりも、見抜けなかった監査法人により強く向けられるのが常だ。企業は決算をごまかすもの、それを見抜くのがプロの役割、という意識が日本人全体の意識の根底にあるのかもしれない。過去の事例に比べ公平性を欠く今回の処分は、まさに世の中の空気を読んだものということなのだろう。

騙した東芝「が」監査法人を「変える」

 東芝自身も空気を読んだのか、新日本への行政処分がメディアで報じられ始めたあたりから、東芝「が」来期から監査法人を「変える」という報道も出始めた。同社が会見等で「変える」と発言していたため、メディアはその通りに報じたのだろう。経営陣も入れ替わり「過去の東芝と今の東芝は別の会社」という感覚もあるのかもしれないが、騙した側が騙された監査法人をクビにしてほかの監査法人に乗り換えるかのようなトーンの報道には違和感を禁じ得ない。

 新日本への行政処分発表と同日の12月22日、東芝は正式に来期の監査法人を新日本から別の監査法人に変えることを公表した。そのリリース上では「新日本から来年度の監査契約を締結しない旨の申し出があった」と記載しており、新日本が監査を降りるのであって、東芝が新日本をクビにするのではない、というのが事実だが、この違いがわかるように報じたメディアは筆者が知る限り皆無だ。

 今回の件が引き金となり、上場企業への監査法人の姿勢が変化するかといえば、その可能性は高くないだろう。監査法人が監査先の企業に対して、より突っ込んだ検証をしようとすれば、当然に監査日数は増え、その分企業が負担する監査報酬は増える。

 監査を担当する公認会計士が「なんとなくイヤな感じがする」という程度で追加資料を求め、監査日数が増えるような手続を企業側に求めることは、コトがおカネに直結するだけに簡単ではない。

 意図的な粉飾であれば企業側は当然会計士を論破しにかかる。決定的な証拠を得るために追加検証をしたくても、決定的な証拠を握っていないがゆえに企業側に論破されてそれ以上踏み込めないというのが、これまでの会計士と企業の力関係だった。東芝ほどの企業ですら粉飾が起きたのだから、力関係に変化が起きてしかるべきだが、「ウチは東芝とは違う」と言われればそれまで。簡単に従来の力関係が変わるとは思えない。

「日経ビジネス」(日経BP社)のスクープで、米原発子会社・ウエスチングハウス(WH)が計上した総額1600億円もの巨額の減損を東芝本体の連結決算に反映させないため、新日本に圧力をかけて押し切っていたことが明るみに出たが、東芝は今も連結への反映は必要ないという姿勢を変えていない。

 16年3月末時点における東芝の純資産は、会社予想ベースで前期から6割減の4300億円。さらに1600億円の減損処理を反映させれば3000億円を切る。しかも1600億円という金額は過年度分にすぎない。その東芝が選任する以上、新たに就任する監査法人が東芝にウエスチングハウス(WH)の減損を迫れるはずがない。

引き抜き合戦の背景に改正会社法

 それでは当事者である監査法人は、この事態に業界全体が一致団結して対応するのかと思いきや、その気配はまったくない。それどころか、墓穴を掘った新日本から、担当会計士ごとクライアントを引き抜くべくスカウト攻勢をかけ始めているのだ。

 監査を受ける企業にとって、監査法人の変更はデメリットのほうが大きい。同一監査法人でも担当する公認会計士が交代するだけで、企業側は新任の会計士に業界慣習も含めて事業内容や従来使用してきた会計処理方針を理解させるために多大な労力を使う。監査報酬を下げさせるために監査法人を変更する上場企業もあるが、現場の社員はそのために多大な負担を強いられる。

 従って、今回の行政処分によって、新日本の監査先企業が、新日本から別の監査法人に乗り換える動きは本来なら限定的なものに留まるはずなのだが、昨年5月1日施行の改正会社法が事情を一変させているのだ。

 というのも、今回の改正で監査役には監査法人の選・解任権が与えられることになり、この法改正を受け、コーポレートガバナンス・コードでも監査役は監査法人を適切に選定し、評価せよと謳っている。さらに、日本監査役協会は11月10日付で「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」を公表しており、上場各社はこの実務指針に沿って担当の会計士を評価した結果について、株主総会で説明を求められる可能性が高い。

 そうなると監査法人を新日本から別の大手監査法人に変えてしまうことが、企業にとっては最も手っ取り早い。だが安易に変えれば自社の現場が混乱する。監査法人は変えたいが、事業内容をあらためて新任の会計士に理解させる手間はかけたくないし、会計処理も従来の方針を変えられては困る。

 そこで、担当会計士は同じ人物で監査法人だけ交代というシナリオがベストということになり、それを承知している大手監査法人が新日本から会計士ごと引き抜いてクライアントを獲得しようという動きに出ているのだ。

明日は我が身の自覚なき業界

 約2万8000人いる公認会計士の4割弱が4大監査法人(新日本、トーマツ、あずさ、PwCあらた)に所属しており、公認会計士は会社員比率が高いが、一般の会社員との最大の違いは所属法人への帰属意識が希薄だという点だ。

 給与所得者ではあるが、資格稼業なので監査法人をクビになっても食べていける。重要なクライアントをグリップしている限り、移籍先で外様扱いを受けてみじめな思いをするリスクもない。

 カネボウの粉飾問題で中央青山が業務停止処分を受けた際も、一部グループの独立と他法人からの引き抜きで、中央青山はあっという間に解体に追い込まれた。当時は一部だけ業務停止にする制度がなく、いったんすべての既存監査先との契約を解除せざるを得なかった。監査先企業への影響が最も少ない夏場が業務停止期間に選ばれたが、いったん解除した契約先は、業務停止期間終了後に戻ることはなかった。

 今回の処分は表面的には中央青山の二の舞になる内容ではないが、会計士の平均的なマインドを考えるとその可能性は否定できない。

 今回の処分は監査の実務に携わる会計士にとって他人事ではないはずだ。不正の気配を感じ取ることはさほど難しいことではないだろうが、そこから先、抵抗する会社側を論破できるだけの証拠を掴むハードルがいかに高いか、監査の実務に携わっている会計士自身が最もよくわかっているはずなのに、明日は我が身という自覚をなぜ持てないのか。

 不正リスク対応基準が導入された際も、監査役との連携など、きれいごとに近い方法論が提示されただけで、不正発見のノウハウに乏しい会計士が全体の大半を占める現状をどう解決するのかは議論されないままになっている。

 大手監査法人がこの有様では、早晩同じ過ちが繰り返されることは間違いないだろう。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)

伊藤歩/金融ジャーナリスト

伊藤歩/金融ジャーナリスト

ノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て独立。主要執筆分野は法律と会計。主な著書は『優良中古マンション 不都合な真実』(東洋経済新報社)『最新 弁護士業界大研究』(産学社)など。

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