「あふれるサービス精神」こそ、戸田字幕の魅力
–では、戸田さんの字幕翻訳の腕前は優れているといえるのでしょうか。
前田 これも前述したように、「作品によりけり」です。ほかの直訳系の字幕翻訳者が80点のアベレージを叩き出しているのに対して、戸田さんの翻訳したものは20点から100点のものまで振り幅が広いといった印象です。
戸田さんの翻訳は映画の魅力を必死に伝えようという気持ちが強く、ある種のサービス精神が豊富なのだと思います。このサービス精神の受け取り方は人それぞれで、「余計なお世話」と思う方もいれば「最高だ」と受け取る方もいるでしょう。
人間関係や感情を描く作品の場合は、それが功を奏することが多いですね。たとえば、クリント・イーストウッドが監督した『父親たちの星条旗』(ワーナー・ブラザース)では、戸田さんが字幕に人物の名前などのキャプション(説明文)をバンバン追加しています。この作品は登場人物が非常に多い上に無名の俳優ばかりなので、観客が混乱するのを防いでいるわけです。
また01年の米同時多発テロをテーマにした『ユナイテッド93』(UIP)は場面転換が多く、誰をどこでカメラが追っているのかわかりにくいのですが、戸田さんは「コントロールルーム」「同時刻 ビルの中」といったキャプションをすごく細かく追加しています。これも日本の観客にはすごくありがたいはずです。
–戸田さんの独特な言い回しも批判されがちです。
前田 戸田さんの言い回しも、インターネット上では“なっち語”などと揶揄されていますが、そういうところも戸田さんならではのサービス精神と思えばいいのです。
たとえば、作品の中で登場人物がクイーンズイングリッシュを使うのか、テキサス訛りで話すのかで人物の方向性はかなり変わります。それを直訳風の標準語にすると監督が込めたニュアンスが伝わらないということがあります。それを防ぎつつ、字幕の表示秒数に合わせるのは職人芸に近いものです。
それに戸田さんばかり批判していると、はたから見るとおばあちゃんイジメになっちゃいますし、あのクラスの偉い人に対して「間違えたら頭下げろ」と迫っても無理なところもあります。今さら謝ったところでどうにかなるものでもありませんしね。
現在、洋画は小規模公開のものも含めると年間500本以上公開されているといわれています。それを限られた人数の字幕翻訳者が訳しているわけで、さすがにミスも起こります。それをミスが起きないように2~3人で訳すことも可能でしょうが、そうなると入場料の値上がりにつながる可能性もあります。したがって、多少のミスもおおらかに見守ってあげるほうがいいかなと思います。
やや諦観すら漂うコメントを前田氏から頂いたが、映画業界全体に関するシステムの問題も多く存在していることは間違いない。
戸田氏は今年で80歳を迎えるが、いまだ現役で字幕翻訳を続けている。そのバイタリティとサービス精神は少なからず評価してもいいポイントだろう。
(文=牛嶋健/A4studio)