キリンホールディングス(HD)社内は3月27日に開催する定時株主総会を前にして、緊迫の度が高まっている。
磯崎功典社長は3月3日、医薬・健康事業を売却してビール事業に集中するよう求めている英投資運用会社フランチャイズ・パートナーズ(FP)の株主提案を拒否する考えを改めて示した。人口減やアルコールに対する規制強化の動きを踏まえ、収益源を多角化する必要があるとして、「健康食品などヘルスサイエンス事業に注力する」と強調した。
FPはキリンHDの長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」の「医と食をつなぐ」戦略について経営陣に説明を求めた。各種報道によれば、取締役会を独立取締役が過半数を占める構成にするというFPの提案をキリンは受け入れた一方、キリングループ・ビジョンの見直し要求は退けた。
FPは「健康事業を売却して6000億円を自社株買いに使うこと」や「独自の社外取締役候補の擁立」を株主提案しているが、今年2月には社外取締役2人の受け入れなどを求める書簡を送り、健康事業の拡大を目指す多角化戦略について、「新たな取締役会での再検討」を求めた。キリンHDが要求を受け入れれば、自社株買いなどの株主提案を撤回するとした。
キリンHDは2月14日、FPの株主提案に反対すると表明。「社外取締役を新たに4人選任し、取締役の過半数を社外出身者とする方針」を発表した。FPが提案する2人の社外取締役候補は会社側の発表には含まれていない。FPは要求を却下されたため、社外取締役の役割に的を絞って、攻勢を仕掛けた。3月27日の株主総会でFPへの賛成票が一定程度集まれば、キリンの多角化戦略に影響を与える可能性がある。
ブラジルキリンの失敗で脱ビールに舵を切る
キリンの大変身は海外でのM&A(合併・買収)の失敗に始まる。
2011年11月、ブラジル2位のビール会社スキンカリオール(現ブラジルキリン)を3000億円で買収した。キリンが数多く手がけてきたM&Aのなかでも、「高値づかみの典型的な失敗例」(海外のM&Aに詳しいアナリスト)となった。
キリンHDの2代目社長の三宅占二氏がスキンカリオールを手に入れるという決断をした。海外M&Aの失敗の責任を取り、三宅氏は15年3月末の株主総会で社長を退任した。後任社長に傘下の事業会社キリンビールの社長だった磯崎氏が就任した。
磯崎氏は“負の遺産”の処理に追われる。15年12月期決算で、ブラジルキリンの1100億円の減損を計上し、上場来初の473億円の赤字決算となった。17年6月、ブラジルキリンを770億円でオランダのハイネケングループに売却した。磯崎氏は「脱・ビール」に経営の舵を切った。
キリンが描く成長シナリオの主役はビールではない。世界保健機関(WHO)は18年、飲酒関連での死者が世界で年300万人を超すとの報告書を公表し、酒税の引き上げや広告規制の必要性を指摘した。磯崎氏は「たばこのようにビールも規制の対象となる可能性がある」と判断し、事業の入れ替えを進めた。医薬事業を担う子会社の協和キリンに続き、健康事業のM&Aに打って出た。
19年4月、バイオ関連の協和発酵バイオを1280億円で子会社にした。同年8月、化粧品・健康食品大手ファンケルと資本業務提携し、ファンケル株式33%を約1300億円で取得した。キリンはサプリメントなどをファンケルと共同開発する。
株式市場からの評価は芳しくない
株式市場の評価はいまひとつだ。キリンの株価は健康事業に舵を切った19年2月以降低迷。ファンケルに出資を表明しさらに下げ、同年8月26日、2033円に急落した。18年4月18日の上場来高値3199円を4割近く下回る。20年3月13日の終値は1947.5円(安値は1848.5円、昨年来安値である)。
FPは19年10月、「キリンが進めるバイオや医薬品などの多角化をやめて、中核事業のビールに専念するよう求める」書簡を送った。FPのハッサン・エルマスリー最高経営責任者(CEO)は、「キリンHDの理論株価は3700円程度とみている。多角化戦略さえ断念すれば、この水準に達するのはさほど難しいことではない」と訴える。FPは「医薬・健康事業は本業のビールとの相乗効果はなく、ほかの事業への投資は非効率」とみている。
これに対して、磯崎社長は、「ビールに専念していたら株価が上がったかというと、違うと思う」と、多角化路線に理解を求めた。業を煮やしたFPは3月27日の株主総会に向けて株主提案に踏み切った。「協和キリン、協和発酵バイオ、ファンケルなど医薬・健康事業を売却し、それを原資に6000億円の自社株買いをするよう」要求した。
米議決権行使助言会社ISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)はFPの株主提案(社外取締役1人の選任)で賛成を推奨した。米グラスルイスはFPが提案した社外取締役2人に賛成を推奨した。グラスルイスはキリンが提案した2人の社外取締役に反対、ISSはキリンの三好敏也取締役(社外取締役ではない)の選任に反対推奨した。
多角化か、本業強化か
ビール飲料の国内市場の縮小にどう対処するのか。多角化戦略をとるキリンに対して、ライバルのアサヒグループホールディングスは対照的な動きをみせている。
アサヒは16~17年、欧州や東欧のビール会社を1兆1900億円を投じて相次ぎ買収。19年には豪州ビール最大手のカールトン&ユナイテッドブルワリーズを1兆2000億円で買収すると発表した。高価格帯のビールのブランドを手に入れ、世界のビール市場で存在感を高める。その成否はともかくとして、海外のビール会社を買収して成長につなげるというアサヒの戦略は、シンプルでわかりやすい。一方、キリンの健康事業の将来像は見えてこない。
3月6日終値の株式時価総額はキリンが1兆9344億円、アサヒが1兆9150億円。デッドヒートを演じている。市場の評価が拮抗しているということだ。多角化のキリンか、本業のアサヒか。1、2年後に結果が出る。
(文=編集部)