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無借金&最高益のファンケルが、キリンに身売りせざるを得なかった“特殊事情”

文=編集部
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ファンケル本社(「Wikipedia」より)

 化粧品、健康食品メーカーのファンケルは、キリンホールディングス(HD)の傘下に入った。

 キリンHDは、ファンケルの発行済み株式の30.3%(議決権ベースでは33%)を1293億円で取得し、ファンケルを持ち分法適用会社にした。ファンケルの創業者である池森賢二会長(持ち株比率9.53%)とその親族、資産管理会社などが市場外の相対取引で、ファンケル株をキリンHDに譲渡した。

「私は今年で82歳。私が判断できるうちに社員にとって最良の道筋をつけるのが責任だと思うようになった」

 池森氏は8月、東京都内で行われた記者会見で、キリンHDの出資を受け入れた理由をこう語った。以前から好印象を持っていたキリンHDに「単なる業務提携よりも株を持ってほしい」と持ちかけたという。一方のキリンHDの磯崎功典社長は「2月に長期経営計画を出した時からファンケルのような会社と一緒になれたらと思っていた」と、相思相愛ぶりをアピールした。

 ファンケルの2019年3月期の連結売上高は前年同期比12.4%増の1224億円、営業利益は46.6%増の123億円、純利益は39.7%増の86億円と絶好調だ。主力の化粧品は基礎化粧品が堅調。訪日客需要が追い風となり、サプリメントの売り上げも伸びた。00年3月期以来19期ぶりに最高益を更新した。

 業績好調のこのタイミングでキリンHDに身売りする理由について、池森氏は「私が死んだら社員は困る。インバウンド需要もあり足元は業績が良いが、消費行動は大きく変化しており、現代社会の変化に合わせていかなければ企業は存続できない。社員のことを考えると、成長余地を残したこの時期しかなかった」と、胸の内を明かした。

 池森氏は化粧品業界の立志伝中の人物だ。化粧品販売を始めたのは1980年。肌荒れに悩む妻の姿を見て、無添加の基礎化粧品を開発した。94年にサプリメント事業を始め、化粧品と並ぶ主力に育てた。

 社長時代に「退き際は65歳だ」と公言した。「年を取ると退き際がわからなくなり、自分を見失う」と考えたからだ。定年制を敷いて、65歳の03年に社長を退任し会長に就任。05年に名誉会長となり、経営の第一線から退いた。

 だが、業績悪化で13年、池森氏は会長執行役員として経営に復帰。不採算部門の整理と広告宣伝費の倍増で再び成長軌道に乗せた。

 6月1日、池森氏は82歳になった。息子は画家になり身内に継承者を見いだせず、保有株について考えなければならなくなった。市場で売り出して親族で持つ株がバラバラになるのは避けたかった。ファンケルは無借金経営が基本であり、銀行から借金をして約1300億円に上る親族らの保有株の買い取るのも難しい。残された選択肢は大企業への譲渡しかなかった。この時、真っ先に浮かんだのがキリンHDだったというわけだ。

 池森氏は会見でキリンHDについて、「品位のある企業として好印象を持っていた。この会社ならば社員・役員を大切にしてくれる。この企業ならば、ファンケルの独自性を維持しながら成長を続けることができる。交渉相手は最初から1社に絞った。私が勝手に選んで、勝手に(キリンHDに)申し込んだ」と語った。

BusinessJournal編集部

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