山崎製パン、発がん性指摘の臭素酸カリウム使用を公表…“先回りの”優れたマーケ戦略
Twitterで話題になった4コマ漫画『100日後に死ぬワニ』の完結後に行われたグッズ展開などの各キャンペーンが批判を浴びたが、これは情報の出し方に誤りがあったことも原因の一端と考えられる。それとは対照的に、上手に情報を開示したのが山崎製パンだ。
山崎製パンは、2014年以降使用していなかった「臭素酸カリウム」の使用を一部の製品に対して再開することを発表。臭素酸カリウムは遺伝毒性発がん物質で、食品添加物批判の記事や書籍ではやり玉にあげられる成分だ。普通に考えれば炎上してもおかしくなさそうだが、世間からの反応にネガティブなものは少ない。
炎上しなかったポイントに、法的に告知義務のない情報に対して“自主的・積極的に”発表したこともあるだろう。立教大学経営学部教授でマーケティングが専門の有馬賢治氏は、これを「非常に良いマーケティングの事例」と評価する。いったいどのあたりが“良いマーケティング”なのか。話を聞いた。
疑惑に耳目が集まりやすいなら先に情報開示を
臭素酸カリウムとは小麦粉処理剤の一種。国産小麦をふっくら焼きあげる効果があり、基準量内であれば日本では使用が認められている食品添加物だ。だが、発がん性リスクが指摘されていることから、以前にこの添加物を使用していた山崎製パンには批判も寄せられていた。それが直接の原因ではないものの、一時期製造工程で臭素酸カリウムの使用をやめていた同社だが、このたび「製造過程で最終的な商品にまで残存せず、安全性に問題のないこと」と「さらにおいしいパンをつくるため」ということをしっかりと説明したうえで、使用再開を宣言した。
これによる消費者の反応は「公表してくれる企業は安心できる」「それでも気になるなら買わなければいい」などと、非難どころか概ね肯定的。一般的に企業は自社に都合の悪い情報は義務がない限り開示しない傾向が強いが、山崎製パンはあえてそうはしなかったのだ。
「話題になりにくいポジティブな情報に比べて、ネガティブな情報ほど耳目を引きやすいのが企業に関わるニュースです。世間の関心は、10の正確な情報よりも1の疑惑の方に向かいやすく、伝える側もニュースソースとして注目させるために、ネガティブな内容ほど針小棒大に取り上げる傾向があります。臭素酸カリウムに関しても、たとえ問題がなくても黙って使っていたことがあるタイミングで外部から明らかにされますと、その時点から疑惑の目を持たれてしまいます。それならば、最初からすべてをオープンにして正確な情報を伝えようというのが今回の山崎製パンのやり方だったわけです。断片的な情報だけでは消費者にリスクのある商品を提供しているように見えますが、安全であることを科学的根拠に基づいて全体像を説明すれば、余計な詮索を受けずにすみますからね」(有馬氏)
詮索をされてから情報を後出しすると、どうにも言い訳のように消費者には映ってしまう。ある意味で、防衛線を先手で打ったといえるだろう。
一度世間を敵に回せば正論は通用しない
『100日後に死ぬワニ』の話に戻ると、いくら制作側に落ち度がないとはいえ、一度火が付いたら正論は通用しないのが世論だ。ネット上で囁かれているように電通によるステマがあろうがなかろうが、情報の後出しは火力を上げる薪にしかならない。
キャンペーン展開の話がどの段階で浮上したかはわからないが、企業と連動する動きがあることを早めに公表しておけば、もしかしたら結果は変わったかもしれない。
「健全な企業のマーケティングは精緻で論理的に進められます。現代は下手に隠蔽しようとすると必ずと言っていいほど炎上します。だからこそ先回りして情報を開示すれば風評を最小限に抑えられるのです。その可能性を示したのが、今回の山崎製パンの事例です。今後は、企業が持つ経営資源を上手に開示する方法が一層問われる時代なっていきそうですね」(同)
誰もが好き勝手に情報を発信できる世の中でも、世間は第三者による分析を重視しがち。だが、ものづくりの現場ではつくり手の持つ情報の方が量も正確性も段違いだ。この情報を小細工なしで世間に告知することが、健全なマーケティングに近づくもっとも効果的な方法ということなのだろう。
(解説=有馬賢治/立教大学経営学部教授、構成=武松佑季)