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コロナ治療に期待の「アビガン」、原材料の調達難の懸念も…中国が後発薬を生産開始

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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「アビガン錠」(写真:ロイター/アフロ)

 国内外での新型コロナウイルスの感染拡大を阻止すべく、多くの製薬メーカーが既存の医薬品の効果の確認やワクチン開発に奔走している。その一つとして期待を集めているのが、富士フイルムホールディングスが生産する抗インフルエンザ薬の「アビガン」だ。

 新型コロナウイルスの特効薬がないなか、国内では患者にアビガンを投与し、症状が改善したことが報告されている。富士フイルムはアビガンを増産し、内外の需要に対応しようと体制を整えている。それは、ヘルスケア企業として成長を目指してきた同社の戦略の有効性を確認する良い事例といえるだろう。

 同時に、コロナショックの発生とともに、富士フイルムは中国依存のリスクに直面している。これは、他の企業にも当てはまる問題だ。さらに、アビガンの物質特許が切れ、中国では後発薬(ジェネリック医薬品)の生産が進み、富士フイルムが一段と熾烈な競争に直面する可能性も高まっている。また、感染の影響が長引き、サプライチェーンの混乱に拍車がかかることもあるだろう。富士フイルムには、さらなる成長を追求しつつ、サプライチェーンを中心により安定した事業体制を目指すことが求められる。

ヘルスケア分野で成長を目指す富士フイルム

 近年、富士フイルムはヘルスケア分野での成長を重視し、関連分野に経営資源を再配分している。2018年度の富士フイルムの売上高を事業セグメント別にみると、ヘルスケア関連の割合が43%と他の2セグメント(写真や映像関連:15%、プリンターをはじめとするオフィス向けソリューション関連:41%)を上回っている。

 富士フイルムは、自社が培ってきた画像処理技術を生かしつつ、買収を通して成長に必要な要素を取り込んできた。その特徴は、ヘルスケア事業領域の収益源の分散が重視されていることだ。電子カルテなどのITソリューション、X線画像診断や内視鏡などに加え、化粧品、医薬品、ペット関連と、同社のヘルスケア分野のすそ野は広い。

 医薬品分野において富士フイルムは、抗ウイルス薬やワクチンの開発を重視しているとみられる。2008年、富士フイルムは感染症治療薬で強みを持つ富山化学工業(当時)の株式の66%を約1300億円で取得し、医薬品事業に参入した。また、2014年に同社はワクチン製造などを手掛ける米国企業を買収した。その上で、2018年に富士フイルムは700億円程度で大正製薬ホールディングスから富山化学の残りの株式を取得し、完全子会社とした。また、昨年12月、富士フイルムは日立製作所から画像診断関連の事業を約1790億円で買収した。

 富山化学の買収を通して富士フイルムは、抗インフルエンザウイルス薬であるアビガン(一般名、ファビピラビル)の開発に成功した。それ以降、アビガンはインフルエンザ以外の治療においても注目を集めている。2014年から西アフリカで流行したエボラ出血熱に関しても、アビガンを投与した患者が回復した。この結果、アビガンは日本がギニアに対して行った緊急無償資金協力の物資に採用された。今回の新型コロナウイルスに関しても、国内外でアビガンの効果が報告されている。政府は200万人分のアビガンの備蓄を目指しており、富士フイルムは増産を進めている。

気になる中国依存のリスク懸念

 富士フイルムをはじめとする医薬品メーカーの原材料調達は中国に依存してきた。そのリスクが徐々に顕在化している。世界全体で考えると、医薬品の原材料の70~80%が中国で生産されているとの見方もある。さらに、中国では環境対策のために化成品メーカーへの規制が強化され、医薬品の原材料価格に上昇圧力がかかってきた。環境対策が十分ではないとして、中国当局が現地企業の操業停止を命じ、日本の医薬品メーカーの生産に支障が出るケースもある。医療関連の財政支出を抑制するために薬価の引き下げを重視し、ジェネリック医薬品の利用促進を目指している日本にとって、これは大きなリスクだ。

 その上、コロナショックによる医薬品などの需要が急速に高まり、有効、安全、かつ価格を抑えた医薬品供給が難しくなっている。2019年には富士フイルムが持つファビピラビルの物質特許が切れた。富士フイルムの製造に関する特許は有効ではあるものの、中国で効果があったと報じられたファビピラビルは中国の企業が生産したジェネリック医薬品だ。今後、中国ではファビピラビルのジェネリック医薬品の生産が増えるだろう。原材料の調達、医薬品供給の両面で富士フイルムは競争の激化に直面し始めた。

 富士フイルムはカネカやデンカなど国内企業からの原材料調達を急いでいる。賃金水準の高い日本などで原材料の調達を進めれば、その分、薬価には上昇圧力がかかる。これは、一企業の経営を超えて、日本の医療制度を揺るがす問題だ。現状、政府は財政が悪化する中で薬価の上昇分をだれが、どの程度負担するかというところまで議論できていないだろう。それよりも政府は感染の抑制のために外出の自粛を求め、経済対策をまとめることに汲々としている。

 富士フイルムが医薬品分野での競争力を高め、アビガンの効果への期待が高まっていることは重要だ。それと同時に、コロナショックが中国と各国企業の関係を急速に変化させていることは見逃せない変化だ。

混乱状況に突入するグローバル化の動き

 現在、富士フイルムが直面する状況は、より大きく、広い視点で見たほうが良い。中国は同社から吸収した技術を生かし、自国民への医薬品供給を優先するとともに、他国にも医薬品を提供し国際社会における発言力の向上を目指すはずだ。

 中国での生産増加に加え、今後の感染動向によって富士フイルムがさらなる原材料の調達難などに直面する可能性は否定できない。治療法が確立されていないなか、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるには人の移動を制限せざるを得ない。その分、経済成長率は落ち込む。米国ではトランプ大統領が経済への負の影響を懸念し、感染の少ない地域から3段階で経済活動を再開する指針を示した。懸念されるのは、移動制限が緩むに伴い感染が再度増加する可能性だ。これは中国にも当てはまる。

 万が一、感染の再拡大が起きれば世界の貿易取引はこれまで以上に落ち込み医薬品の生産にはさらなる影響が出るだろう。企業の資金繰り懸念が高まることも想定される。それに加え、感染をめぐる非難、医薬品およびその原材料に関する供給などをめぐって、米中対立の先鋭化もありうる。

 現在、市場参加者の多くがSARS(重症急性呼吸器症候群、2002年11月に発生、2003年7月5日にWHOが終息宣言)の展開を念頭に、年半ばごろに感染が落ち着き、経済活動がコロナショック以前の水準に回復すると考えているようだ。ウイルスの感染力が弱まるなどして事態が収束に向かえばよいが、日米欧の感染状況を見ているとそうした考え方はかなり楽観的に映る。

 米中の通商摩擦の上にコロナショックが発生し、グローバルな供給体制や人の動線の寸断は深刻化している。状況がさらに混乱すれば、海外経済との関係を強化してきた日本にはかなりの影響があるだろう。そのなかで富士フイルムが医薬品などの原材料の調達先をどのように分散し、事業運営のリスクを低下させつつ収益の獲得を目指すかは、他の企業にも重要な事例となるだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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