4月28日、河野太郎防衛大臣がUFOについて、「実際に現れたらどう対処するか準備をする」と、その存在を肯定するような発言を記者会見で行った。4月28日といえば、新型コロナウイルス感染拡大で緊急事態宣言が発出され、日本が大変な苦難に見舞われていた真っ最中だ。そのような時に何を思ったのか、国を代表する防衛大臣がUFOについて記者会見で言及したのである。考えられる背景には、会見の直前に米国で米海軍のパイロットがUFOらしきものを見たという報告があったと国防総省が公表したことが挙げられる。米国はUFOの存在について否定する立場でないことがわかったのだ。
だが、ちょっと待ってほしい。日本政府のUFOの存在に対する公式見解としては、2007年12月18日の「存在するか、あるいは存在しないか、その存在自体を検討しない」という閣議決定がある。政府はそれまで、およそUFOという話が社会で話題になってから、ずっと一切のコメントをしてこなかった歴史がある。
しかし、07年当時、民放のテレビ番組で当時の町村信孝官房長官が、「こういうものは絶対にいると思っている」と記者会見し、当時の石破防衛大臣も「UFOはあり得るだろう」と言い、UFOが襲撃したときに自衛隊の出動が法律上可能かどうかを個人的に検討する考えを示した。さらに「UFOは外国の航空機でもなく、領空侵犯への対処は厳しい」と、自衛隊法では対応が難しいとの認識を披露。さらに「ゴジラが来たら天変地異だから自衛隊の災害派遣で、モスラも同様」と、怪獣に対してであれば派遣が可能という持論を展開したのである。まあ、言いたい放題、政府を代表する防衛大臣と官房長官がUFOの存在を認めたかのような発言をしたのである。
この2人は前述の閣議決定がなされた後もしきりと個人的な見解として持論を展開し、「異例」の異議を唱えていたのである。そして今日まで、国会でもUFOに対する閣僚などから発出される見解についての法的根拠について質問されることはあっても、それを内閣で議論したことはない。
日本のパイロットはUFOを見ても報告しない
一方で、日本政府がUFOについてなんらコメントしてこなかった時期、1986年に日本航空(JAL)の機長がアラスカでUFOを目撃し、それを管制官に伝えたところ大騒ぎになった。かつて航空自衛隊の戦闘機に乗っていた当該機長の報告を米連邦航空局はあり得ないものとみなし、降機後に事情聴取、これを受けてJALは乗務を停止させ、帰国後に精神科の医師に面談させることになった。そして結果は精神異常と診断、長期にわたり地上に降ろしたのである。
この件が起きてから、JALのパイロットは仮にUFOらしきものを見ても決して管制官や会社に報告しなくなり、現在でもそれを伝聞した日本のすべてのパイロットも同様な行動をとっているようだ。
UFOは果たして本当にいるのか?
今回の河野大臣の会見を受けて、さっそく日本のメディアでも大騒ぎになった。UFO騒ぎは忘れた頃に繰り返されるが、米国政治に詳しいジャーナリストによれば、大統領選挙の年に常に持ち出されているという。日本でもそれを受けてUFO評論家と名乗る人が「UFOは円盤の形をしていて日本語を使って地球人に話しかける能力がある」と、テレビで語っていた。だがその根拠は相変わらず示されていない。
「UFOはいる」「いない」の諸説は、これまでに何度も展開されているが、実際の映像分析の結果、多くは航空機関連のゴースト(乱反射)、あるいは菱形をした物はカメラの望遠レンズを向けたときに生じるハレーションと判明している。JAL機長がアラスカで目撃したUFOも、民放の特番で詳しく分析されたことがあったが、自機のゴーストか他の航空機がもたらした影である可能性があるとされた。
だが、広い宇宙と無限に存在する星において、知的生命体がゼロとは断定できないし、我々地球人もいまだに太陽系の詳しいことすらわかっていない状況で、UFO存在説を科学的に否定することもできていない。はっきりしていることは、どちらの説も科学的根拠が示されていないことである。
国交省は、UFO目撃の元機長に謝罪すべき
件のアラスカでUFOを報告したJALの元機長に対し、国土交通省は今日に至っても精神異常と判定して航空身体検査証の効力を停止して乗務不可にした過去について、なんら総括をしていない。先に述べたように86年当時、日本政府はUFOに対してコメントしておらず、町村氏と石破氏はUFOは存在すると言い張っていたのである。内閣の重要閣僚がそのように主張していたにもかかわらず、存在を検証しないという日本政府の見解は2007年12月にようやく決まったというのが経緯である。
つまり、当該JAL元機長を「UFOを見た」と言ったからといって精神異常者と決めつける根拠はなかったはずである。私自身、当該元機長と何度も一緒に乗務したりゴルフに行ったりしたが、失礼な言い方になるが、極めてまっとうな方だ。ご本人は健在なので今でも謝罪できるはずだ。そして重要なことは、国交省がこのようにUFOに対して総括していないがために、日本のパイロットは仮にUFOを目撃しても、報告すると同時に精神異常者と認定され乗務不可とされる恐れを抱いているのである。
UFOとは、未確認飛行物体のことを指し、なにも宇宙からやってくる飛行物体に限定したものではない。そして航空法では、そのようなものを発見したら報告する義務さえあるのである。パイロットたちにその義務を果たせさせないのは、航空安全上由々しき事態なのである。
ちなみに防衛省でも、過去に空自でUFOを目撃したと言ったパイロットを、即座に精神異常があるとして任務から外した例がある。国交省と防衛省は、これまでのいきさつを総括して乗員に対し今後どういう態度で臨むかを決めておかないと、同じことが繰り返されると強く言っておきたい。
民間に厳しく、身内に甘い国交省の処分
これまでの歴史を見ても、国交省は民間に対しては厳しい処分を科す一方で、身内の役人にはいつも甘い。新型コロナの影響で航空会社のほとんどの便が飛べず悲鳴をあげていた5月1日、国交省はANAに対して飲酒問題で事業改善命令を下した。
なぜこの時期にと、多くの関係者が目を疑ったが、その行政指導内容にメディアからも批判があがった。乗務前飲酒をした元機長には懲戒解雇、会長以下3人の役員には役員報酬30%減額2カ月とした一方、2019年12月に国交省の飛行検査センター所属の機長の飲酒には業務停止60日間だけで、赤羽一嘉国交相には減俸は一切なく官民格差との批判が出ているのだ。
国交省は民間人の人格攻撃をやめよ
私は羽田新ルート問題で安全上の問題を、これまでメディアなどを通じて国交省に指摘してきた。それに対し、ついに国会で実名を挙げて誹謗中傷されるに至ったのである。3月25日の参議院予算委員会において、ある議員の質問に対し、赤羽国交相は「杉江さんの当時の時代と今の機材の性能の向上性が全然違う。全然向上している」と、私の知らないところで実名を挙げた。さらにその発言内容も完全に事実誤認であった。
大臣は、私がボーイング747に乗務していた古いパイロットであり、その者の意見は聞くなと言わんばかりの発言をしたが、私がエンブラエル170というハイテク機を3年乗務していた事実を知りながら、意図的に747しか知らないパイロットと断定したのである。
現在、羽田新ルートを飛ぶ航空機でエアバス(320、330等)とボーイング(737、767、777等)の全機種は170より前に製造されたもので、私が乗務していた時代のほうが新しいと言ってもよく、私がハイテク機を知らないわけがない。この不当な発言に対し私は当然のことながら訂正と謝罪を求めているが、国交相はそれに応じず、発言は正しいと主張するばかりだ。
今回の国交相が私に向けた個人攻撃は、昨年から同じ主張で一貫したものである。たとえば、国交省が行ってきた住民説明会で、首都圏航空課(03-5253-8719)の航空機材のことをまったく知らない事務職のある職員は多くの場で、「杉江氏は古い時代のパイロット」というレッテル貼りに終始したのである。今回の予算委員会での大臣の発言は論理では敵わないとみたのか、役人たちと共に周到に練り上げた結果の攻撃であり、しかも事実を隠蔽したもので許し難いものだ。
今の政権は、国のやることに対する批判は許さない、主張に誤りがあっても撤回はおろか、訂正も謝罪も絶対に行わないという点で、どの問題でも共通している。口では国民の命と財産を大切にと言いながら、やっていることは酷すぎる。
新型コロナ対策よりも、東京五輪や中国の習近平主席来日を優先させて感染拡大を招き、PCR検査の1日の検査件数が諸外国に比べ圧倒的に少ない本当の理由が、実は保健所の削減など医療体制の合理化を進めてきたツケであることが5月になってメディアでも報じられ始めた。現政権の業界利益優先、国民の命軽視の政策は新型コロナで明らかになりつつある。最初に紹介した、河野防衛大臣の、時期を考えずに思いつきで行ったピンボケUFO発言は、政権の心が国民に寄り添っていないことの証、そのものであろう。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)