「キッコーマンの醤油瓶」「サントリー角瓶」と聞いたら「あの形」をたいていの人は思い浮かべるはずだし、キッコーマン醤油瓶は世界中でも「あの形」で通じる、世界的ロングセラーだ。唯一無二で長く愛されるデザインは、何が違うのか?
キッコーマン醤油瓶、サントリー角瓶をはじめ、数多の世界的なロングセラーのデザインに着目、解析した書籍『GOOD DESIGN FILE』(遊泳舎)の著者、高橋克典氏に聞いた。
常識を覆したキッコーマンの醤油瓶デザイン
――キッコーマンの醤油瓶も、サントリー角瓶も、10メートル先にあっても「アレだ」とわかるデザインですよね。それぞれのデザインの強みは何でしょうか?
高橋克典氏(以下、高橋) キッコーマンの醤油瓶は1961年生まれのロングセラーですが、それまでの卓上の醤油瓶は陶器でできていました。今も旅館で見かけるようなものですね。消費者は醤油の大きい瓶を買い、陶器の卓上の瓶に移し替えていました。しかし、キッコーマンの醤油瓶は、買ってそのまま卓上に置けるようにしたんです。
さらに、陶器の醤油瓶の注ぎ口は急須のように注ぎ口の上側をカットして、液ダレをしないようにしていますが、キッコーマンの醤油瓶は下側をカットしているんです。真逆の考え方です。絶対垂れてしまうだろう、と思うのに、垂れない。
――販売当時の消費者にしてみたら「瓶ごと売ってる!」「こんなの絶対垂れる!」と驚きの連続だったでしょうね。
高橋 さらに、それまでの醤油瓶と違い、キッコーマンの醤油瓶は独特のくびれがありますよね。あのくびれは世界で立体商標として登録されています。通常、商標を取るときはロゴなどの入った状態で登録を行いますが、キッコーマンの醤油瓶は「あの形」がすでにひとつの商標なんです。
――キッコーマンが、あのデザインに込めた熱意を感じますね。
高橋 次にサントリー角瓶ですが、こちらも1937年生まれのロングセラーですね。デザインは薩摩切子からヒントを得た亀甲柄で、通常の酒類のつるんとしたボトルに比べ、製造コストが跳ね上がるデザインです。経営層から「こんなんじゃ全然儲からない」と切り捨てられてもおかしくないデザインでした。
ですが、当時若手デザイナーだった井上木它(ぼくだ)氏のアイデアを、サントリー創業者の鳥井信治郎氏は「亀は万年、井上はん、ほんまにええ仕事してくれました」と絶賛します。なお、キッコーマン醤油瓶のデザインをした榮久庵(えくあん)憲司さんも、当時は若手でした。
「いいデザイン」の代表例は無印良品のアレ
――高橋さんの考える「いいデザイン」「ダメなデザイン」とは何ですか?
高橋 いいデザインとは「ひとつのデザインにコンセプトがひとつしかない」、そして、ダメなデザインとは、その逆の「八方美人」ですね。 全員に嫌われたくない、いい顔したい、というのはダメなデザインです。いいデザインは、Aさんに好かれたら、Bさん、Cさんには嫌われてもいいと振り切っています。本書でも挙げた、無印良品の壁掛式 CDプレーヤーなんてまさにそうですね。CDを1枚しか入れられず、スイッチもひとつしかありません。
――スイッチがひとつしかないということは、最初からしか再生できないんですよね。そして、この壁掛式CDプレーヤー、音楽をネットで聞くことも増えた中で、今も現役で販売されているんですね。
高橋 こちらのデザイナーは深澤直人さんです。深澤さんもよくこんなデザインをつくるなと思いますが、さらに、無印良品もよくこれを製品として出すな、と二重の驚きがありますよね。
キッコーマン醤油瓶、サントリー角瓶、無印の壁掛式CDプレーヤーは「それまでの世の中にないデザイン」であり、もちろん、それを生み出したデザイナーは偉大ですが、さらに、そんな世の中にないものを「おもしろい」と世の中に送り出す判断をした各社の経営層も偉大ですよね。商業製品の優れたデザインは、デザイナーの名前とともに残り続けます。一方で、その陰には斬新なデザインを採用した、デザインの力を理解していた経営者という黒子がいます。
――いいデザインをデザイン単品やデザイナーの名前で見るのでなく、「いいデザインを次々に生み出す企業」で見てみると、新しい発見がありそうですね。ダメなデザインで具体例は挙げられますか?
高橋 具体的な名前を挙げるのは私の仕事的に難しいですが(笑)。たとえば、車で「ファミリー向けで、キャンプもできて、スピードも出て、スポーティーで、デートにも向いていて……」みたいな車があったらどうでしょう?
――いったい何がしたいんだ、と思ってしまいますね。確かに車のCMを見ると、そこまで八方美人な車はないですね。
次回は引き続き高橋氏に、大人からでもできる「センスの磨き方」について聞く。
(構成=石徹白未亜/ライター)
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