日本から届いた「子供のラブドール」
カナダ最東端に位置するニューファンドランド島の都市、セントジョンズ。北米で有数の長い歴史を持つこの街が今、性犯罪をめぐる奇妙な裁判で世界の注目を集めている。その焦点は、国際郵便で届いた「子供のラブドール」。発送元はほかでもない日本だ。
事件の発端は2013年1月。トロント市のピアソン国際空港で、セントジョンズへ向かう大きなボックスに等身大の人形が入っているのが見つかった。現地報道によると人形は18歳未満の少女を再現しており、「性的な目的を満たす」よう設計されていたという。
児童ポルノ事件として連絡を受けたセントジョンズの通関及び司法当局は、「おとり捜査」として人形を宛先の住所に配送。その上で同年3月に受取人の男(現在は51歳)を逮捕した。
「子供のラブドール」は児童ポルノになり得るか
逮捕容疑は「児童ポルノ所持」「わいせつ物の配送」「禁輸品の密輸及び所持」。容疑者に前科はなく、逮捕後すぐ釈放された。裁判は判事の交代で延期され、本格的に始まったのは昨年からだ。有罪なら懲役7年が宣告される可能性がある。
カナダの刑法は児童ポルノにとりわけ厳しく、実在の子供がモデルでなくても犯罪が成立する。11年には画像データ化した日本のマンガをカナダに持ち込んだ27歳のアメリカ人青年が、児童ポルノの所持及び持ち込みで逮捕されたことさえある(のちに無罪確定)。
今回の事件はそのカナダで初の「子供のラブドール」をめぐる裁判として、特に注目を集めているわけだ。「表現の自由」の観点から取材しているアメリカ人ジャーナリストは今年1月、現地メディアに「これはアメリカなら罪に問われないと思う」と語った。
世界中で物議を醸したインタビュー記事
ラブドールは世界中でつくられているが、幼い少女をかたどった製品は日本が特に有名だ。国内でこの種のドールを扱うメーカーは、4社ほどが知られている。
なかでも最近特に海外メディアから注目を浴びているのが、東京都八王子市の TROTTLAだ。13年2月にもインターネットメディア「VICE.com」英語版の取材に応じているが、とりわけ同社を有名にしたのは、米誌「The Atlantic」が16年1月に掲載したインタビュー記事。そこでは「自らも小児性愛者としてその衝動と葛藤している代表者の Shin Takagi」が登場し、次のような主張を繰り広げる。
「小児性愛者の性的対象を変えることはできない。満たされない欲望を抱いたまま生きていくのは悲劇だ。だが『子供のラブドール』なら、彼らの衝動を合法的かつ倫理的に解消できる」
記事は愛らしい金髪少女ドールの画像とともに、各国のネットメディアに次々と転載された。そして Takagi氏の主張をめぐる論争とともに、「子供のラブドール」に対する猛烈なバッシングも引き起こされている。
「儲け最優先のマスコミこそ有害なポルノ」
「自分が小児性愛者でその衝動と葛藤しているとはひと言も言っていません。ですから記事に抗議しています。儲けるために適当なことを書くマスコミこそ有害なポルノでしょう。彼らに非難されるいわれはありませんね」
東京郊外の静かな工房で出会った TROTTLAの高木伸代表は、「The Atlantic」の記事に対してこう語気を強めた。高木氏は1980年代に青春を過ごした世代であり、事務所の本棚には当時刊行された人気漫画の単行本が並んでいる。
彼は同時に、マスコミが「ロリコン」をマイノリティとして扱うのは欺瞞だとも語った。
「彼らは決して少数派ではありません。中高年女性と女子高生がいたとして、若い男性がどちらを性の対象に選びますか。事実は多くの人がただ自分の性癖を隠しているだけです」
TROTTLAのドールは1体約70万円以上。高木氏は、それだけの金額を賄える同社の顧客は模範的な社会生活を送る善良な市民だと説明する。そして彼らは創作の世界で欲望の解消を求めているにすぎないという。海外の報道では「sex doll」と紹介されているが、TROTTLAのドールは男性が「挿入」して「性的な目的を満たす」仕組みは装備されていない。
試作品をつくるうち、人形づくりに取り憑かれる
現在は身長150cmを超える製品も多い日本の「ラブドール」業界。だが従来は身長120~140cmほどのサイズでつくられることも多かった。製造・輸送コスト、さらに購入者の使い勝手の点で、小さいほうが便利だからだ。そこからサイズ上の制約を逆手に取るかたちで、「ロリコン」向けに幼い少女をイメージしたドールも1980年代からつくられてきた。今回カナダで問題になったのは、そうした製品のひとつだ。
「例えば身長が2倍になれば、立体物のコストは2乗で跳ね上がります。開業資金に余裕もないので、うちも小さいものをつくっていこうと決めた。また、成人のドールは他社がやっているので、同じことをしてもしょうがないという気持ちもありましたね」
TROTTLAは2005年創業。高木氏が大手メーカーのドールを見て、「自分にもつくれるのでは」と思ったのが発端だ。もともと手先が器用でモノづくりにのめり込む性格に加え、工業製品の材料・物性や加工技術について豊富な知識と経験を持っていた。試作品をつくるうち人形づくりのおもしろさに取り憑かれ、貯金と知人の出資を頼りに退職・独立したという。
類を見ないマテリアルと構造を追求
ドールの設計から原型製作まで、すべて高木氏が手がける。外見上はもちろん幼い少女の姿をしているのが最大の特徴だが、実はそれ以上に独特なのが材質と内部構造だ。
高級「ラブドール」は型枠に骨格をセットし、外皮にあたるシリコン樹脂を流し込んで成型する。シリコン樹脂は関節で動かせる柔軟性に加え、室温で硬化するため成形が容易な点が大きなメリットだ。
だが、高木氏は「より人間に近いドール」を追求するあまり、熱可塑性エラストマーという素材に行き着いた。感触は人体の脂肪部分そのものだが、自社で配合する特注の材料費がかさむ上、200度近くまで加熱して加工する必要がある。また冷却と同時に収縮・変形するため、狙い通りの造形を再現するために膨大な試行錯誤を要した。内部の骨格も顎の関節で口を開閉可能にするなど、凝りに凝った工夫に驚かされる。
「なぜそこまでするかといえば、日本人だからですよ」というのが高木氏の自己分析だ。
「この商売で儲けようとか、つくることに没頭し出すとどうでもよくなってしまう。小児性愛者の救済も大事だと思いますが、人形のクォリティを追求するという目的の前ではそれも二の次。誰も見たことのない最高のものをつくりたいという気持ちだけです」
「創作物を取り締まることはできない」
昨年1月に「The Atlantic」の記事が海外のネットメディアで物議を醸すと、オーストラリアでは同月から「子供のラブドール」の輸入禁止を求めるオンラインの署名運動がスタート。約7カ月で約6万1000人が参加した。カナダの裁判が改めて話題になった今年1月以降は、また記事の焼き直しが出回っている。
「カナダの件でまた海外メディアからコメント依頼が来ています。他国の司法にどうこう言う気もありませんが、個人的には愚かな話だと思いますね。でも人間は見たいものしか見ないし、人の口に戸は立てられない。言いたい人には言わせておけばいいんです」
数年前に自らカメラマンを務めたドールの写真集を4冊刊行したが、現在は販売中止。「創作物を取り締まることはできない」と言うものの、社会の風当たりは休みなく強まっていく。だが東京郊外の工房では、今日も高木氏の試行錯誤が続けられている。
(文=高月靖/ジャーナリスト)